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政府事故調査委員会(畑村洋太郎委員長)の最終報告は、先に報告書を出した国会事故調(黒川清委員長)のように、「事故は人災だ」といった強い断定はないものの、過酷事故への準備不足が事故を起こしたと書いている。

 結局のところ、過酷事故への備えを充実させるチャンスは何度もあったのにしなかったということだ。東電が言う「想定できなかった巨大な津波が原因。どうしようもなかった」という「天災説」は否定された。

 四つの事故調の報告がでそろい、事故調査はいったん終わる。しかし、「原発議論の終わり」にしてはならない。事故から1年が過ぎ、ほとんどの原発が止まったままで盛夏を迎え、首相官邸を脱原発のデモが囲んでも、「日本が原発を確実に減らす」という約束、仕組みはまだまったくないのだから。

 主な事故調は、民間事故調(北澤宏一委員長)、東電事故調(山崎雅男委員長)、国会事故調(黒川清委員長)、そして政府事故調。この中で政府事故調がもっとも詳しい調査だといえる。報告書の概要は次の通り。

1)【安全文化】原子力に関係する組織や個人が、安全を最優先に考える姿勢をもつ「安全文化」が欠けていた。東電や保安院は過酷事故が起きないと思っていた。東電は「想定外」というが、根拠なき安全神話を前提に、あえて想定してこなかったから想定外だったに過ぎない。

2)【措置の失敗】事故後の福島第一原発における原発の対処には、水温や圧力の監視を怠るなどさまざまな不適切な対処があった。福島第二原発ではおおむね正しい判断をした。

3)【津波主因】事故の主要因は津波であり、地震による重要機器の損傷の可能性を否定。(これは「地震が重要機器を壊した可能性がある」とした国会事故調の見解と食い違う)

4)【官邸の介入】首相官邸の現場介入については、「海水注入問題」などで適切でなかった面がある。

5)【全面撤退】東電の清水正孝社長ら東電側が全面撤退を考えたとの疑問は残るが、断定はできない。

6)【SPEEDI】情報が公開されていれば各自治体や住民は避難の方向や避難のタイミングの選択に役立っただろう。

7)【東電の対応】今回の過酷事故に対する東電の対処・対応をみると、自ら考えて事態に臨むという姿勢が十分でなく、危機対処に必要な柔軟かつ積極的な思考に欠ける点があった。会社がそういう教育・訓練を行ってこなかったからだ。

 報告書は分厚いが、その中から私自身が少し驚いた記述をあげる。今回の事故の性格を示すストーリーといえる。

 ●原子炉への海水注入を議論していた3月12日夜、菅首相が「海水注入をすることによる再臨界の可能性」を周囲に聞いた。その場には、班目・原子力安全委員長、平岡・保安院次長、武黒・東電フェローらの原子炉に関する専門的知識を有する関係者が複数いたが、的確な応答をした者はおらず、誰1人として、専門家としての役割を果たしていなかった。(トップのポストにいる人たちの専門家としてのレベルの実態。プラントとしての原発を知らなかった。菅総理を補佐するトップたちがこういう状況だったため、官邸は不信を極め、前に出て直接指揮をし始めた面もある)

 ●平成18年、原子力安全委員会が国際原子力機関(IAEA)の新方針にしたがって、原発周辺の住民の避難区域設定を含む防災体制を強化しようと検討を行っていたところ、保安院が強く反対し、見直しが凍結された。その際、広瀬・保安院長が安全委員との意見交換の席で「防災対策をめぐってようやく国民が落ち着いたときに、寝た子を起こすな」という趣旨の発言をした。

 ●東電は当委員会(事故調)が説明を求めるまで事実解明に重要なパラメーター(例えば格納容器内のモニターなど)の検討や計測機器の誤作動の原因究明を十分に行っていなかった。社内調査での社員の供述内容と物的な証拠、データとの矛盾を放置したケースが少なからずあった。明らかに仮定条件がおかしいデータを是正しないまま解析に使ったり、一部不都合な実測値を考慮に入れずに解析したりした。東電がこれまでに行った調査・検証は十分とはいえず、検証されるべき論点や公表されるべき資料が残されている。事故原因究明への熱意が十分感じられない。

 政府事故調はさまざまな提言をしているが、二つをあげたい。

 一つは、事故を再現する解析を続けることの必要性である。「国、電力事業者、原子力発電プラントメーカー、研究機関、関連学会といったおよそ原子力発電に関わる関係者は、事故の検証および事実解明を積極的に担うべき立場にある」としている。これには大いに賛成する。原子力専門家集団は、事故後、事故解析にとりくまず、じっとしている。

 今回、三つの原子炉で炉心溶融が起きたが、それぞれの炉がどのような経過で壊れ、どう放射能が放出されたのかなど、詳しい事故プロセスは分かっていない。例えば、格納容器が爆発する、しないと大騒ぎになり、東電の撤退問題を引き起こした2号機格納容器も、どの程度壊れているのかいまだに分かっていない。現場は高濃度の放射能に汚染されているので近づけず、当面、目で調べられない。

 こうした点も含め、少しでも事故の進行を再現することが必要だ。これは今後、日本と世界が事故を検証する基礎データになる。飛行機事故の調査では、何が起きたかを秒単位まで再現する。原発事故のプロセスが再現されず、あいまいな部分が多く残れば、事故検証をめぐっても、「私はそこが壊れているとは思わない」といった水掛け論になり、責任問題もあいまいになる。すでに、「津波の前に地震で大きな損傷があったのか」についても、国会事故調と政府事故調の見方が食い違っている。

 当事者である東電に解析の熱意がない中では、国主導で再現作業を行うことはきわめて重要だ。近藤駿介・原子力委員長も「日本がきちんとやって歴史に残さなければ国としてはずかしい」と述べている。

 二つめの提言は、「リスク概念の大転換」である。巨大津波や過酷事故などは、「発生確率が低いため対策はとられていなかったリスク」だ。しかし、確率は低くても、いざ発生すると、とんでもない被害を起こすものについては安全対策、防災対策を立てておくべきだという考えだ。

 その際、どんな対策を立てるかについては、「被害者の視点」からの分析を提案している。「もし、そこに住んでいるのが自分や家族だったら」という点から考えることだとしている。

 実際にどう適用するかは難しいが、この考え方は、昨年、脱原発を決めたドイツでの議論に通じる。ドイツでは17人からなる倫理委員会で議論した。その要点は次のようなものだ。(吉田文和・北大教授による)

 (1)原発の安全性は高くても、事故は起こりうる(2)事故になれば、ほかのどんなエネルギー源よりも危険である(3)次世代に放射性廃棄物処理などを残すのは倫理的問題がある(4)より安全なエネルギー源がある(5)温暖化問題もあるので、化石燃料の使用は解決策ではない(6)再生可能エネルギー普及とエネルギー効率の改善で段階的に原発ゼロに向かうことは、経済にも大きなチャンスになる。

 つまり、原発の事故リスクは小さくできるが、いったん事故になった場合は甚大な被害になる。「しょせん電気をつくる手段」にそんな危険なものを使うことは考え直そうという議論だ。

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筆者

竹内敬二

竹内敬二(たけうち・けいじ) 元朝日新聞編集委員 エネルギー戦略研究所シニアフェロー

エネルギー戦略研究所(株)シニアフェロー。元朝日新聞編集委員。科学部記者、ロンドン特派員、論説委員などを務め、環境・原子力・自然エネルギー政策、電力制度などを担当してきた。温暖化の国際交渉、チェルノブイリ原発事故、3・11などを継続的に取材。著書は、電力業界が日本社会を支配するような社会産業構造がなぜ生まれたのか、なぜ福島事故がおきたのかを描いた『電力の社会史 何が東京電力を生んだのか』(朝日選書、2013年)。

※プロフィールは原則として、論座に最後に執筆した当時のものです

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