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夏休みに考える「家族の時間」

山極寿一

山極寿一 京都大学総長、ゴリラ研究者

 夏休みである。いつもよりも家族で過ごしたり、旅行したりする時間が増える。ふだん家族でいっしょにいることが少ない父親や母親は、ビジネスタイムとは全く違う時間の流れがあることを思い知らされることになる。でもそれは、人間の生物としての本質や、社会を営む動物として進化の歴史を振り返る貴重な機会でもある。

 まず、人間の子どもたちはよく泣く。生れたての赤ん坊はむろんのこと、一人歩きを始めた子どもたちも、あたりをはばからない大声で泣きわめく。周囲の大人たちは何とか泣きやめさせようとして、なだめたり、叱ったり、お菓子をやったり、本を読んだりして働きかける。子をもたない人々はそれを見て、なんて子どもはやっかいなんだろう、連れて歩くのは大変だなあとため息をつく。

 ゴリラやチンパンジーといった、人間に近縁な類人猿の子どもは泣かない。赤ちゃんはいつもお母さんにしがみついていて、とても静かだ。自然界では幼児が泣けば、肉食獣の注意を引いてしまうので危険である。人間の子どもがよく泣くのは、肉食獣に襲われないような安全な環境で長い間暮らしてきたからである。また、人間のお母さんはよく赤ん坊を手から離すからでもある。人間の赤ちゃんは生れた直後から、お母さん以外の人の手を渡り歩く。お父さんやおばあさんに抱っこされ、お姉さんやお兄さんに背負われて育つ。だから赤ちゃんは不快になったり不安になったりしたら、大声で泣いて自己主張するようにできているのである。

 人間はこういった赤鬼のように泣く子どもたちをなだめるために、特有の声を出す能力を発達させた。ふだんより少し高い声で優しく語りかける能力である。まだ言葉を理解できない幼児は、声のトーンやピッチに反応する。子守唄が世界のどこでも同じような音調をしているのは、子どもを安心させて眠りを誘うという共通の目的をもつからという説がある。泣く子を育てるために、家族は同じ音調で子守唄を歌いながら協力せざるを得ないのだ。

 家族の旅は、身体の能力や生理の要求の違う者たちが、寝起き、食、移動をともにすることを余儀なくさせる。ふだん自分の欲求や能力だけに従って暮らしている者にとって、これはなかなかの苦行である。自分はまだ寝ていたいのに、起きだして騒ぐ者がいるので目が覚めてしまう。いっしょに歩いていると、すぐに疲れたと言って座り込む子どもがいるし、人によってはあちこち寄り道をするのでなかなか目的地へ着けない。

 これは、私が調査しているゴリラのほうが上手だ。 ・・・ログインして読む
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筆者

山極寿一

山極寿一(やまぎわ・じゅいち) 京都大学総長、ゴリラ研究者

京都大学総長。アフリカの各地でゴリラの野外研究に従事し、その行動や生態から人類に特有な社会特徴の由来を探り、霊長類学者の目で社会事件などについても発言してきた。著書に『家族進化論』(東京大学出版会)、『暴力はどこからきたか』(NHKブック ス)、『ゴリラは語る』(講談社)、『野生のゴリラに再会する』(くもん出版)など。

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