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 先日、ある大手電機メーカーの首都圏にある研究所で、主に技術系の100人くらいを相手にお話をする機会があった。

 テーマは「コミュニティという複雑系」。やや風変わりなタイトルだが、話の内容の柱は第一にコミュニティ、そして第二に人口減少社会あるいは従来の成長・拡大モデルを前提としない「定常型社会」にかかわるものだった。

このうちコミュニティをめぐっては、最近多くの企業が取り組むようになっているスマート・シティまたはスマート・コミュニティ(環境負荷やエネルギー消費を抑えた都市づくり)に関する内容も話題のひとつだった。

 この例に限らず、最近、企業の方と「コミュニティ」とか「人口減少社会ないし定常型社会」といった話題について話をすることが、研究会などを含めて多くなり、時代の変化を感じている。少し前であれば、一般の企業が「コミュニティ」などというテーマに関心を向けるということはほとんどなかったし、ましてや「定常型社会」などというと――私が『定常型社会』という本を出したのは今から10年以上前の2001年だったが――「拡大・成長のない経済や企業などありえない」という反応が圧倒的に強かった。

 しかし、現在は「モノをつくれば売れる」という時代ではまったくなくなり、また人口減少も2005年から既定の事実となり、少なくとも従来型の発想や経営パターンではやっていけないことが明らかな時代になっている。そして私の印象では、金融機関やシンクタンク、メディアなどよりも消費者に近い分野にいる企業のほうが、規模の大小を問わずこのことを間近で実感しており、「新成長戦略」といったことが実質を伴わないかたちで掛け声だけ先行して唱えられていることに対し、冷めた受け止めをしているように思える。

 電機メーカーについて言えば、ソニー、パナソニック、NEC、シャープといった企業の苦境やリストラについては、すでに多くの報道がなされている。

 私が講演をした上記企業も、現在売り上げの約半分は海外向けであることや、海外の工場を一層増やしていることと並んで、狭い意味のモノづくりだけでなく、サービスやソリューションの提供などソフト面の比重を高めているとのことだった。もちろんそれにはさまざまな困難も伴うだろうが、そうした方向は妥当なものと思うし(かつハード面の基盤を持っていることは強みにもなりうる)、また、そうであるがゆえに上記のようなコミュニティや人口減少社会ないし定常型社会といった、従来の発想では少々「扱いにくい」テーマも関心の射程に入ってくることになるのである。

グローバル化vsローカル化
 さて、こうした企業経済を含む日本社会の今後の方向を考えていくにあたり、一つの大きな対立軸になるのが「グローバル化かローカル化か」という軸であることは言うまでもない。大きく言うと、前者は「グローバル化の展開に対応すべく、海外との交易・進出や国際競争力を重視した方向をめざす」という方向であり、逆に後者は「(いわゆる地産地消など)ヒト・モノ・カネができる限り地域の中で循環するような方向をめざす」という方向である。 ・・・ログインして読む
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筆者

広井良典

広井良典(ひろい・よしのり) 京都大学こころの未来研究センター教授(公共政策・科学哲学)

1961年生まれ。84年東京大学教養学部卒業(科学史・科学哲学専攻)。厚生省勤務、千葉大学法政経学部教授を経て現職。この間、マサチューセッツ工科大学客員研究員。社会保障、医療、環境などをめぐる政策研究からケア、死生観などについての哲学的考察まで幅広く発信。『コミュニティを問いなおす』(ちくま新書)で第9回大佛次郎論壇賞を受賞した。

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