メインメニューをとばして、このページの本文エリアへ

RSS

ガードン博士は山中教授なしにはノーベル賞を受賞できなかったか?

佐藤匠徳 生命科学者、ERATO佐藤ライブ予測制御プロジェクト研究総括

今年のノーベル医学生理学賞がケンブリッジ大学ガードン研究所のジョン・ガードン(John B. Gurdon)博士と京都大学の山中伸弥教授に決まった。「成熟し全能性を失った細胞が、全能性をもった未成熟の細胞へリプログラム(初期化)できることの発見」が授賞理由だ。発表直後のインタビューで、ガードン博士は「私は、山中博士に感謝している。山中博士の発見がなかったら、わたしの1962年の発見は日の目をみることはなかったであろう」とおっしゃっている。本当にそうであろうか?

 筆者の答えはノーである。筆者は逆に山中さんの受賞こそ、ガードン博士の発見なしにはありえなかったと断言できる。その理由を以下に説明する。

 先ず、ガードン博士の1962年に発表された発見(Journal of Embryology and Experimental Morphology 10:622-640,1962)と山中さんによるiPS細胞作成が発表された2006年(Cell 126:663-676, 2006)の間に何がおこったかを知る必要がある。この約半世紀という長い年月の間に、実はさまざまな紆余曲折のドラマがあったのである ・・・ログインして読む
(残り:約1328文字/本文:約1828文字)

全ジャンルパックなら本の記事が読み放題。


筆者

佐藤匠徳

佐藤匠徳(さとう・なるとく) 生命科学者、ERATO佐藤ライブ予測制御プロジェクト研究総括

(株)国際電気通信基礎技術研究所(ATR)佐藤匠徳特別研究所 特別研究所長。独立行政法人 科学技術振興機構(JST)ERATO佐藤ライブ予測制御プロジェクト研究総括・米国コーネル大学教授・豪州センテナリー研究所教授(兼任)。1985年筑波大学生物学類卒業後、1988年米国ジョージタウン大学神経生物学専攻にてPh.D.取得。ハーバード大学医学部助教授、テキサス大学サウスウエスタン医科大学教授、コーネル大学医学部Joseph C. Hinsey Professorを歴任後、2009年に帰国、2014年まで奈良先端科学技術大学院大学(NAIST)バイオサイエンス研究科教授。2014年7月にNAIST退職後、2014年8月1日より現職。専門は、心血管系の分子生物学、ライブ予測制御学、組織再生工学。【2017年6月WEBRONZA退任】

佐藤匠徳の記事

もっと見る