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ノーベル物理学賞のキモ「量子非破壊測定」に日本企業も貢献していた

高橋真理子 朝日新聞 科学コーディネーター

今年のノーベル物理学賞は、量子力学の不思議な世界を実験で扱えるようにした米国とフランスの物理学者に与えられる。量子力学は、原子1個、光子1個といったミクロな世界を記述する精緻な理論だが、これを作り上げた先達は「1個1個の状態を思いのままに制御したり、状態をそのまま見たりする実験は不可能で、頭の中の思考実験しかできない」と考えていた。ところが、微細加工技術やレーザー技術の進展で、不可能が可能になったのだ。しかし、単に技術が発展したから実験ができるようになったわけではない。そこには、従来の思い込みから自由になるアイデアが必要だった。

 ミクロの世界に特有の量子力学的性質を使えば画期的なものができると期待されているのがコンピューターと時計だ。ほとんど不可能だった計算ができるようになる「量子コンピューター」や、精度のきわめて高い「光時計」ができることが理論から予言できている。

 しかし、量子力学的性質はきゃしゃなもので、外部の相互作用が紛れ込むと簡単に壊れてしまう。壊れないようにするには、電子や光子を外部の環境からしっかり隔離しなければならない。そのために受賞者たちは、電子や光子を閉じ込めた。そして、閉じ込めた電子や光子を、外部から自在に操作したり、その状態の情報を読み出したりできることを示した。大切なのは、この操作や読み出しの過程でも、量子力学的性質をできるだけ壊さないようにすること。そこに新たなアイデアが必要だった。

 米国立標準技術研究所のデビッド・ワインランド氏は、イオントラップと呼ばれる手法(この手法を開発した二人は1989年にノーベル物理学賞を受賞した)を使って、数個のイオン(電荷を帯びた原子)を閉じ込めた(トラップした)。そこに、注意深くレーザー光を当てた。すると、イオンの中の電子の状態を、量子力学的性質を保ったまま、光子で操作したり読み取ったりできた。これは、量子コンピューター実現への第一歩となる成果だと注目を集めた。

 他方、コレージュ・ド・フランスのセルジュ・アロシュ氏は、電子ではなく光子の方を、空洞共振器と呼ばれる装置を使って閉じ込めた。そこに原子を通過させて、光子が何個あるかという情報を、原子の中の電子の状態に「転写」した。その電子の状態を測ることにより、光子の数の情報を読み出したり、光子の状態を操作したりすることに成功したのだ。このときのポイントは、光子の数を変えることなく測る方法を編み出した事にある。こうした測定は「量子非破壊測定」と呼ばれる。

 量子力学では、何かを測定すると、測られた対象の状態が乱されてしまう、という問題がついて回る。このとき、状態は乱されるにしても、測定した物理量の値だけは変えないようになっているのが、量子非破壊測定だ。

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筆者

高橋真理子

高橋真理子(たかはし・まりこ) 朝日新聞 科学コーディネーター

朝日新聞 科学コーディネーター。1979年朝日新聞入社、「科学朝日」編集部員や論説委員(科学技術、医療担当)、科学部次長、科学エディター(部長)などを務める。著書に『重力波 発見!』『最新 子宮頸がん予防――ワクチンと検診の正しい受け方』、共著書に『村山さん、宇宙はどこまでわかったんですか?』『独創技術たちの苦闘』『生かされなかった教訓-巨大地震が原発を襲った』など、訳書に『ノーベル賞を獲った男』(共訳)、『量子力学の基本原理 なぜ常識と相容れないのか』。

 

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