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「住民避難計画が可能か」ではなく「疎開場所」はあるのか

竹内敬二 元朝日新聞編集委員 エネルギー戦略研究所シニアフェロー

日本列島の地図に、各原発を起点に半径30キロの円が描かれ、大事故が起きた場合の放射能の広がりが示されている。今更ながら、狭い日本に多くの原発があることに驚く。それも一つの円の中に数基の原発が集中立地しているのである。地図が発表されたあと、「これだけの地域の住民の避難計画ができるのか」と議論されている。しかし、私はそれに加えて、「多くの人を長期間、あるいは半永久的に疎開させる場所があるのか」を考える。

 1986年のチェルノブイリ原発事故では半径30キロ圏の住民が強制的に避難させられ、その地は今も無人で、そしてこれからも人が帰る予定はない。

4号機拡大上部が吹き飛ばされた福島第一原発4号機(東電提供)

 福島原発事故では16万人が故郷を離れている。高濃度に汚染された原発近傍の地域には長い間、人は帰れないだろう。人の人生は2、3年で大きく変わる。セシウムの半減期30年を考えると、多くの人は自分の人生にとっては永久に土地を離れることになる。

 原子力規制委員会が発表した地図をどう見るか。30キロの円の内と外、あるいは、「1週間で100ミリシーベルト」の地図の内と外に自分の町があるかどうかは、あまり意味がない。

 実際に事故が起きれば、放出放射能はこれより多いことも、少ないこともある。おそらくその日に吹いている風の向きによって、汚染地は扇形に広がり、ある方向が高濃度に遠くまで汚染されるだろう。山などの地形も考慮されていない。

 つまり、大ざっぱで平均的過ぎて、現実の事故を表すものではない。ただ、「原発事故が起きた場合の規模感」はわかる。チェルノブイリや福島を考えると、30キロ圏程度を重要視して対策をたてることには妥当性があるだろう。見る側も「自分の家は原発からこんなに近いんだ」という風に見ればいい。

 こうした地図ができたこと、そして公表されたことの意義は大きい。何もかも隠すのではなく、国民に情報を出しながら、対策を考える時代に少し変わったことを意味する。福島原発の衝撃、そして「原発を減らそう」という社会の意識が背中を押したものだ。

 チェルノブイリ事故のあと、日本でも「原発事故を対象にした住民避難訓練を」という話がでたが、「日本では放射能が漏れる事故は起きないのだから、そんな必要はない」としてできなかった。それを考えれば、隔世の感がある。というか、現実の事故の恐ろしさを知ってしまったからでもある。

 これからは、「住民が自分で原発事故の脅威を考える時代」になる。本当はこんな地図は、原発の建設計画がでてきたときに示されるべきものだ。いまごろになって「実はこんなこともある」と言われても困る。

 それでもこの地図を参考にしながら、こうした施設を認めるかどうか、再稼働を認めるかどうかを、自分たちで考えることだ。

 汚染予測が発表されてから、この30キロ圏の人たちを、安全に、スムーズに避難させることなどできるのだろうか、という議論がなされている。「実効性のある避難計画ができるのか」ということだ。そうした計画ができないかぎり原発の再稼働はむずかしい。

 その通りだが、それだけではない。「放射能が飛んできた土地には雨などで放射能が沈着する」ということを考えなければならない。その土地から逃げた人が、長期間、あるいは半永久的に住む場所、家、はどこにあるのか、生活はどうするのかということだ。

 原発事故は台風や火事ではない。終わってもそこには戻れないのである。それを考えれば、人口密集地を近くに抱える原発の過酷事故時の対策、とりわけ、その後何十年ものあいだの、人々の生活の保証などはできるはずがない。

 答えは二つに一つだろう。そうした原発は再稼働しない、が一つ。もう一つは、計画は全くできないのだから、重点対策の範囲をもう少し狭くして「できる計画」をつくって再稼働させる、である。どうするか。

 しかし、私が強調したいのは、これだけではない。この地図の「裏」に隠れているさらに恐ろしいことだ。

 この地図は、「福島原発の容量の規模でこれだけ放射能が出たのだから、もっと規模の大きな原発では多く出る」という単純な比例で放出放射能量を計算している。何かの基準で考えるしかないので仕方がない。

 しかし、実際に事故が起きたとき「その程度で放出が止まってくれる」という保証はない。この地図は、原発の集中立地の脅威を十分には見ていない。

単純な話である。一基の原発で炉心溶融が起き、その格納容器が爆発など大破壊をするとどうなるか?

原発構内が高濃度の放射能に汚染されれば、作業員は命に関わるので、全員退避せざるを得なくなる。そうなると、その敷地内にある原発数基の冷却が制御できなくなり、いずれ、順番に爆発する。原子炉の中にある多くの放射能が飛散する。

いったいどれほどの被害になるか分からない。チェルノブイリは極めて広範は土地を汚染したが、あの炉は100万キロワット一基だけだったのである。1基でも核燃料は炉心に多くある。

 「原発が集中立地しているところでは1基の事故で作業員全員が撤退することがある」。この集中立地の現実的な恐ろしさは、これまでだれも、どこの国も考えてこなかった脅威だ。「3原子炉が同時炉心溶融」を起こした福島が提起した新しい脅威だ。

 福島もこの大破局寸前だった。2012年3月14日夜から15日未明にかけて、東電は第一原発から撤退し、10キロ離れた第2原発に人員を移そうとした。それで首相官邸を激しく対立した。菅首相が「撤退は許さない」といったあの「東電撤退事件」である。

 東電が撤退(東電は退避のという言い方をしたといっている)しようとした理由は、2号機の格納容器内の圧力が高まり、「だれもが爆発すると思った」からだ。爆発すると、飛散する放射能量はケタ違いに増える。だれも原発に残って作業などできないのである。

 実際に1、3、4号機の建屋で水素爆発を起こし(4号機は3号機から漏れてきた水素が爆発)、4号機を除く原子炉建屋には汚染がひどくて今も近づけないのである。

危なかった2号機の格納容器についていえば、爆発的破壊ではなく、「プシュー」という形のひび割れ破壊が起きて最悪シナリオにはならなかった。しかし紙一重だったのである。

 これは空想の話ではない。原発事故直後、菅直人首相が近藤駿介原子力委員長に依頼してつくった事故が拡大した場合の想定がある。この「福島第一原発発電所の不測事態シナリオの素描」は内容のすさまじさから「最悪シナリオ」と呼ばれているものだ。

 報告の概要は民間事故調と呼ばれる「福島原発事故独立検証委員会」(北澤宏一委員長)の「調査・検証報告書」に載っている。

 水素爆発で1号機の格納容器が壊れるとどうなるか。資料はこう続く。「周辺の放射線量が上昇して作業員全員が撤退する。炉心への注水・冷却ができなくなった2号機、3号機の原子炉だけでなく、1~4号機お使用済み核燃料プールから放射性物質が放出される。強制移転区域は半径170キロ以上、希望移転区域は東京都を含む半径250キロ以上になる可能性がある……」。

 こんなことは考えすぎだとはいえない。東電では「制御を放棄して撤退するか」「作業を続けるか」。つまり、国土の大規模汚染と作業員の命のどちらを優先するのかという選択を迫られる間際まで行ったのだ。

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筆者

竹内敬二

竹内敬二(たけうち・けいじ) 元朝日新聞編集委員 エネルギー戦略研究所シニアフェロー

エネルギー戦略研究所(株)シニアフェロー。元朝日新聞編集委員。科学部記者、ロンドン特派員、論説委員などを務め、環境・原子力・自然エネルギー政策、電力制度などを担当してきた。温暖化の国際交渉、チェルノブイリ原発事故、3・11などを継続的に取材。著書は、電力業界が日本社会を支配するような社会産業構造がなぜ生まれたのか、なぜ福島事故がおきたのかを描いた『電力の社会史 何が東京電力を生んだのか』(朝日選書、2013年)。

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