下條信輔
2012年11月12日
放射能の危機は具体的に見え(聞こえ、触り、嗅ぎ)にくい。そのことが原因の一端かも知れないが、あれほどの危機的状況だったことを思えば、未だに不思議だ。
実際問題、大惨事から東日本を救ったのは、工事の遅れで4号機使用済燃料プールにまだ水があったという、ラッキーな偶然に過ぎなかったかも知れない(本欄高橋真理子氏論考「東京を救ったのは、東電の工事の不手際だった」)。楽観主義は、不安定な幸運の上に乗っているだけだ。
もちろん出来事の解釈には曖昧性があり、来歴やコミットメント(関与)次第で正反対の解釈があり得る。「新興宗教の壺」という例に、この欄でふれたことがあった(本欄拙稿「抗議デモは、どうしてエスカレートするのか?」)。 ある人が「災いを避ける」と称する壺を100万円も出して購入し、その直後に交通事故で重傷を負った。普通なら「なんだ、御利益なんてなかった」となりそうなものだが、大きなコミットメント(出費)をしている本人はそうは考えない。「壺の御陰で、死なないですんだ」となってしまう。
同様に、国にとって原発は大きなコミットメントだから、なかなかその非を認められない、と筆者も考えてきた。だが、これがあてはまるのは政策決定に関与した政治家や専門家だけだろう。これに対して先の根拠不明の楽観主義は、主に無関心な(=コミットメントの浅い)若者たちに広まっている。
原発事故を巡るその後の報道を見ているうちに、少し違う認知バイアスが働いているかもしれないと気づいた。それでこの楽観主義の謎が解けるかもしれない。
きっかけになったのは、
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