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脱原発の理論化を。総選挙結果で考える

吉田文和

吉田文和 愛知学院大学経済学部教授(環境経済学)

総選挙は自民党の圧勝で終わり、脱原発を争点としようとした民主党は壊滅的敗北を喫し、日本未来の党も大敗した。国民の7割以上が原発ゼロを望みながら、選挙結果で、それを示せなかったのは、選挙制度と国民の政治意識の問題にあるだろう。

 脱原発には時間がかかり、脱原発を望むならば、相当の理論武装と、脱原発の体系的政策を準備しなければならないことが示されたのである。脱原発で先行するドイツの経験を見ても、それなりの時間をかけた論争があり、議論も深まりが必要であった。

 とくに、ドイツ政府は、福島の事故を受けて、最終的に脱原発を決めたプロセスで、倫理委員会(17名)を立ち上げ、2カ月間で、脱原発の根拠づけと方向性を示した点は、特別に注目に値する。なぜ、「エネルギー問題と倫理」が関係するのか、と疑問を持たれる人も多いと思われるが、それは逆に、日本における議論の浅さを示すことにもなっているのである。

 倫理問題としてエネルギーや原子力の問題を議論するという方向性は、ドイツにおけるキリスト教の役割に関わっている。そこで、ここで紹介しようと考えたのは、先の倫理委員会のメンバーであり、カトリック教会の立場から、脱原発を裏付けた理論家である、ラインハルト・マスクスの議論である。彼は、ドイツ、ミュンヘン・フランジンク地区の枢機卿であり、今年からカトリック教会欧州連合司教協議会会長を務めている。彼は2008年に『資本論』を著しベストセラーになった、教会きっての理論家である。その中でカール・マルクスへの手紙を書き、社会主義への批判とともに、金融危機、格差と貧困など資本主義のもたらたす諸問題を批判的に分析している。

 ラインハルト・マルクス「エネルギー:正義の問題」は、全国紙『フランクフルター・アルゲマイネ』2011年5月25日付けに掲載された。その要旨は、脱原発はまだエネルギー大転換ではなく、本当の進歩は、全ての形のエネルギー生産のリスクを最小化することにあり、さらに、必要なのは、気候保護、供給の安定性、競争力、などの「良きこと」のバランスを世界的な規模でとることだ、としている。

 論文では、ドイツの教会が原子力に批判的な立場をとってきた経過を振り返り、同世代内と世代間の正義という視点から、エネルギーをめぐる正義の問題を論じ、その視点から脱原発を理論化している。5月30日に公表された倫理委員会の報告を先取りした内容になっている。その重要部分を紹介しよう。

 「ドイツにおける将来のエネルギー供給をめぐる議論は、狭すぎます。なぜなら、原子力災害への恐怖からもともと出発しているからです。このような反応は、福島とチェルノブイリの災禍があり、核廃棄物の貯蔵という未解決の問題があることを考えれば、理解できることです。同じことが、原子力発電をできる限り早く終わらせるという正しい要請にも当てはまります。しかし、残念なことに、この議論では、いわゆるエネルギー大転換が、リスクのある最終的に責任の負えない形のエネルギーから目をそらすこととは、両立しえないという点が、無視されています。」

 「気候保全はエネルギーへの公正なアクセスの問題と密接な関係があります。気候変動の脅威は、世界中の人類にますます影響を与え、とくに途上国に影響します。エネルギーを多く使い、温室効果ガスを多く排出している人々が、その行為に結果を負わなければならない人々と同一でないのは、基本的な問題です。21世紀において、エネルギー利用のエコロジー的結果のコストを原因者負担にしたがって、配分するという課題が、世界的にも正義にかなうのです。」

「現在と将来のエネルギー生産の全ての形態は、世代間とグローバルな正義という基準に基づかなければなりません。このことが求められるのは、引き続く世代が、一種の共同参加の権利があるということだからです。神がつくられた地球は、将来の「住家」として、神と全ての被造物にとって保存されなければならないのです。将来の世代に比較的に繁栄の機会を残すためには、枯渇性資源の消費はできるだけ再生可能なエネルギーの形で、バランスを取るべきです。」

 「エネルギー政策の全ての決定は、1つのトライアングルにあります。すなわち、(1)気候と環境、(2)安定供給、(3)相互利益と競争力、です。これら3つの目標間には、一定の緊張関係があります。社会的、経済的、エコロジー的側面の重み付けに従って、優先順位が異なってきます。とくに目標間でバランスをとり、整合性をとることが政策の課題です。」

 「2006年のドイツ司教会議のテキスト「気候変動:グローバル、世代間、エコロジー的正義の焦点」でも、原子力の倫理的評価を行い、エネルギーのこの形態は、永続的な責任ある解決ではないとしました。大きな災害やテロ攻撃が無視できないことについて、司教は5年前に(2006年)、原子力エネルギーをもはや擁護できないと考えていたのです。この立場は何も変わっていません。したがって、再生可能エネルギー時代への道をできる限り早め、原子力発電をなくすペースと対応しなければなりません。原子力エネルギーの利用とは別に、核廃棄物の処理も、緊急に求められています。核廃棄物の発生量は、安全に、社会的環境的に確認しながら分離しなければなりません。」

 「倫理的な議論において、考慮しなければならないのは、脱原発の帰結です。必要なのは、「どれほどかかってもすぐに」ではなく、できる限り2次的作用を減らしていく政策をとることです。たしかにドイツにおいては、エネルギー供給の再建は、長い間行われてきました。しかし、最近までは、エネルギー生産の新しい方向にあまりにも多く注がれてきました。インフラ計画は脱原発以上のことが求めされています。脱原発は、したがって送電線、貯蔵技術への投資、研究開発、を前提とします。」

 「第1に、エネルギー消費が節約されねばなりません。エネルギー消費の経済的利用は、消費者の新しい自覚と責任を求め、生活スタイルの変更も求めます。第2に、エネルギーの伝統的形態がより効率的に使用されることです。この効率向上は、例えば、熱の節約、交通移動の革新による節約によって行われますが、同時にエネルギーを使う面(技術)もあります。第3に、再生可能エネルギーへの転換が必要です。この開発のペースメーカーは、研究機関の他に、とくにエネルギーを生産する企業とエネルギーを多消費する企業です。とくに、エネルギー大転換に不可欠なのは、促進可能の技術と、それに対応したインフラの開発です。

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筆者

吉田文和

吉田文和(よしだ・ふみかず) 愛知学院大学経済学部教授(環境経済学)

1950年生まれ、兵庫県出身、京都大学大学院経済学研究科博士課程修了、経済学博士。北海道大学大学院経済学研究科教授を経て2015年から現職。北大名誉教授。専門は、環境経済学、産業技術論、主著『ハイテク汚染』岩波新書、『環境経済学講義』岩波書店、最近は低炭素経済と再生可能エネルギーの普及に関心を持つ。札幌郊外の野幌原始林の近くに住み、自然観察と散歩を趣味とする。

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