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「放射線の健康被害」と「災害の健康被害」

長瀧重信 長崎大学名誉教授(放射線の健康影響)

放射線の健康被害を逃れるための健康被害

 福島原発事故では、病院や介護老人保健施設から避難を強いられた方たちのうち、少なくとも60人が3月末までに亡くなったと国会事故調報告書に記されています。大部分がお年寄りで,そのなかには癌を患っておられる方もいたはずです。将来癌で死亡するリスクが増えるという「放射線の健康被害」は,この避難の途中に亡くなった方々にはほとんど関係ありません。自分には関係のないリスクを回避するために命が失われたという事実は,「放射線の健康被害」とは異なる種類の健康被害が存在したということです。

 さらに、避難生活が長引くとともに数百人が亡くなったと報道されています。福島県が実施している健康調査でも、避難生活のために多くの成人病の症状が出現していると報告されていますし、一方で医療の供給態勢は被災地では非常に限られています。亡くなった方たちの多くは、自宅で暮らしていたら健康に過ごしていたことでしょう。

 WEBRONZA2012年05月09日「被ばく線量の実測データ:分析と提言」に比較的詳細に報告しましたように、放射線の健康被害としては原発の作業員などを含めて,福島の事故ではひとりも亡くなっていません。放射線の急性症状を示した方もひとりもいません。皮膚の障害を疑われて入院した2人の方も、診断の結果は放射線の急性障害ではありませんでした。

 住民に関しては、個人被ばく線量から過去の経験をもとに推定して,将来の健康被害は「考えにくい」と福島県の健康管理調査委員会が発表しています。

 このように、放射線の健康被害は考えにくいのに、それから逃れるための健康被害が生じました。これを「災害の健康被害」と言うのが適当かどうかの議論は別として,改めて取り上げて考えなければならない重大な課題であることは間違いありません。2012年に出た別冊・医学のあゆみ「原発事故の健康リスクとリスク・コミュニケーション」(長瀧重信編、医歯薬出版)の巻頭言に書いたことと重なりますが、WEBRONZA読者に私の考えをお伝えしたいと思います。

チェルノブイリの経験

 チェルノブイリ事故では、「放射線の健康被害」のみが原子力災害の健康被害であると考えてはいけないという教訓が得られています。数百万人の被災者が「精神病とは言えない(subclinical)精神的影響」のため、自立できない生活を送っており,それが公衆衛生上の最大の問題になっていると報告されているのです。放射線の害が科学的事実を離れて議論され,その結果として放射線に対する不安や恐怖が拡大し、多くの精神的影響を被害者に及ぼしたと考えられます。

 事故の後、放射能汚染を被った住民、とくにベラルーシ,ウクライナの住民は、 ・・・ログインして読む
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筆者

長瀧重信

長瀧重信(ながたき・しげのぶ) 長崎大学名誉教授(放射線の健康影響)

長崎大学名誉教授。1932年生まれ。東京大学医学部卒業。東大大学院、米ハーバード大学などで学んだ後、東大医学部付属病院外来医長などを経て、長崎大学医学部教授(内科学第一教室)、放射線影響研究所理事長を務めた。長崎大学時代に被爆者の治療、調査にあたった経験を踏まえて、旧ソ連チェルノブイリ原発事故がもたらした健康被害の調査活動や東海村JCO臨界事故周辺住民の健康管理にかかわった。 【2016年11月12日、逝去】

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