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原発政策。民主で180度転換、自民で180度転換?

竹内敬二 エネルギー戦略研究所シニアフェロー

日本の原発・エネルギー政策はめまぐるしく動いている。具体的に政策が変わっているのではなく、変わるヒマもなく、政府の方針が変転している。

 2012年9月に民主党政権は「2030年代に原発ゼロをめざす、原発の新増設はしない、寿命40年で原則的に廃炉にする」という「革新的エネルギー・環境戦略」を発表した.原発に強く依存してきた戦後日本のエネルギー政策を180度変える大転換だった。

 これがもう遠い昔の用に思える。12月の総選挙で民主党は大敗北し、自公新政権はその戦略の見直しを決めた。自公の政策協議では「可能なかぎり原発依存度を減らす」としたが、茂木経産相は、「30年代のゼロを見直す」「新増設も認める」とした。3カ月前の民主党政府の戦略を180度変えるだけでなく、「原発依存を減らす」方針さえ危うい。政府方針は短期間のうちに180度の転換が2回繰り返され、「元に戻る」感じさえしてきた。

 振り返ってみよう。2011年の福島原発事故前の日本のエネルギー政策と電力制度は、他の国と大きく異なるものだった。(1)「原発への過度の依存」(2)「電力会社は地域独占、発送電一貫で営業し、電力自由化が事実上ない」(3)「自然エネルギーの導入は極めて少ない」を特徴とする珍しい「日本モデルの電力制度」である。福島原発事故によって、これらの問題が一気に浮上し、民主党政権はこれらの問題すべてに同時に取り組まなければならなくなった。

 民主党政権はこの3大テーマについて、それなりの国民的議論を展開し、改革にとりかかった。議論は次のような段階まで進んでいた。

(1)《原発への過度の依存を減らす》

中期的な原発政策は「革新的エネルギー・環境戦略」(2012年9月14日)の中で位置づけられ、「2030年代に原発稼働ゼロを可能とするあらゆる政策資源を投入する」とされた。ただ、国内外の反対意見の中で、閣議決定にはならなかった。

(2) 《電力制度の改革、自由化を進める》

「電力システム改革の基本方針」(2012年7月)で抜本的な改革方針が示された。発電の全面自由化、発送電分離の実施(法的分離あるいは機能分離)、小売りの完全自由化、送電線の広域運用と連系線の新設・強化。消費者は電力会社を選択できる制度にする――。ただ具体策は未決定。電力業界がどこまで応じるかが焦点。

(3) 《自然エネルギーを増やす》

「固定価格買い取り制度」(FIT制度)が2012年7月から施行された。自然エネルギーの買い取り価格は高めだが、「増えているのは太陽光だけ」というバランスを欠いたスタートとなった。自然エネルギー発電の電気を送電線に優先的に受け入れる「優先接続」の原則が徹底されていないため、風力などが増えていない。これは(2)の送電線の制度改革(発送電分離)が進まないと解決しない問題だ。

 このように3テーマとも議論が進み、改革の方向性がかなり見えてきていた。しかし、新しい制度に「変え切ってしまう」前の2012年12月、突然に政権交代が起きたのである。

 エネルギー政策においては、民主党政権と自公連立政権との考え方がかなり異なる。政権交代で政府の方針がある程度変わるのは当然だが、3・11の反省と教訓がおろそかになるとすれば問題だ。

 民主党政権が変えようとしていたのは、戦後、数十年にわたって自民党政権と電力業界が二人三脚でつくりあげてきた「原子力レジーム(体制)」とも呼べる日本型の政策と政策遂行システムだ。そこに戻るのであれば見過ごすわけにはいかない。自公政権が民主党時代の何を継承し、何を変えようとするのか。監視が必要だ。

 民主党政権下で進んでいた3大テーマの議論の進展をもう少し具体的にみよう。2012年9月14日に政府が発表した新方針「革新的エネルギー・環境戦略」の概要は次のようなものだ。

  《1》【原発に依存しない社会の1日も早い実現】2030年代に原発稼働ゼロを可能とするよう、あらゆる政策資源を投入する。

(1)それを実現するための3つの原則

・40年運転制限を厳格に適用

・規制委員会の安全確認を得たもののみを再稼働する

・原発の新増設は行わない

(2)実現に向けた5つの政策

・核燃料サイクル政策は「国際的責務を果たしつつ再処理事業に取り組む。関係自治体や国際社会とコミュニケーションを図りつつ、責任をもって議論」

・直接処分の研究に着手。もんじゅは高速増殖炉開発のとりまとめ、廃棄物の減容等をめざした研究を行うこととし、年限を区切った研究計画を策定、実行し、成果を確認のうえ、研究を終了

・バックエンド事業は国も責任をもつ

・人材や技術の維持・強化

・国際社会との連携

《2》【グリーンエネルギー革命の実現】2030年までに1100億キロワット時以上の節電。7200万キロリットル以上の省エネ。水力を除く再生可能エネルギー設備容量は1億800万キロワットで現在(900万キロワット)の12倍にする。

《3》【エネルギー安定供給】30年までにコジェネ(ガスなどで発電と熱利用の両方を行うシステム)を1500億キロワット時(現在の5倍)導入。

《4》【電力システム(送電線)改革の断行】

《5》【地球温暖化対策】

 自然エネルギー増加も強調されているが、何と言っても、核心は「2030年代に原発ゼロを可能とするよう、あらゆる政策資源を投入する」である。「ゼロをめざす」は驚くべきメッセージだった。ほんの2年前、2010年のエネルギー基本計画では「2020年までに9基の原発を建設、2030年までに14基を建設」を掲げ、30年には発電の半分を原発でまかなうとしていたのである。

 この新戦略は、一応、国民的大議論を経て決められた。政府は福島事故後、「2030年にゼロ%」「15%」「20~25%」の三つの選択肢を示して国民的議論をよびかけた。 当初はだれもが「15%に落ち着くだろう」と思っていたが、議論を進めるうちに、「ゼロ%」を求める声が大きくなり、政府もそれを強く反映させた内容にまとめざるをえなかった。「30年にゼロ」は過去に比べ劇的すぎるので「2030年代(代に―点)にゼロ」という形にしたものだ。政府は、民意に押されて予定外の「原発ゼロ」にまで踏みこんだといえる。

 確かに、新戦略は原発推進派、電力業界から激しい反発を浴びていた。「原発ゼロ方針」に付随する最大の問題は核燃料サイクルだった。日本が脱原発に向かうのであれば、ウランを節約するためにコストをかけてプルトニウムを取り出す再処理・サイクルは意味を失うことになる。しかし、新戦略では「核燃料サイクル政策の継続」をうたっている。

 最大の理由は青森県の反対だ。核燃料サイクルの施設が立地する青森県は、サイクルが止まるのであれば、県内にある原発の使用済み燃料を各原発に持ち返ってもらうと主張している。 青森県の反対と、それを支持する勢力を説得することができず、「サイクルは継続」とするしかなかった。高速増殖炉「もんじゅ」も原案では「廃止」だったが、「少なくとも当面は動かす」内容になった。

 米国からの圧力もあった。米国ではホワイトハウスもエネルギー省も口をそろえて新方針への不賛成、 ・・・ログインして読む
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筆者

竹内敬二

竹内敬二(たけうち・けいじ) エネルギー戦略研究所シニアフェロー

エネルギー戦略研究所(株)シニアフェロー。元朝日新聞編集委員。科学部記者、ロンドン特派員、論説委員などを務め、環境・原子力・自然エネルギー政策、電力制度などを担当してきた。温暖化の国際交渉、チェルノブイリ原発事故、3・11などを継続的に取材。著書は、電力業界が日本社会を支配するような社会産業構造がなぜ生まれたのか、なぜ福島事故がおきたのかを描いた『電力の社会史 何が東京電力を生んだのか』(朝日選書、2013年)。

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