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なぜドイツで脱原発がすすみ、日本では進まないのか? 脱原発の日独比較

吉田文和 愛知学院大学経済学部教授(環境経済学)

なぜ、ドイツで脱原発がすすみ、日本は福島の事故が起きても脱原発にすすまないのか?世論調査で7割ゼロ原発に対して、選挙結果では、そうならない現実がある。日独を比較した場合、ドイツは9基がまだ稼働しているものの、脱原発の理念と目標は明確であり、「安全なエネルギーの供給に関する倫理委員会報告」(2011年5月)に見られる深い議論と、脱原発に果たしたキリスト教会指導者の役割も大きなものがある。脱原発の最大の理由は、事故が起きた場合のリスクが大きすぎること、原発以外の安全なエネルギー源があること、脱原発の方向で、再生可能エネルギーと省エネへ進むことがドイツ経済の競争力を強めるという判断である。2022年に原発ゼロをめざした計画に関する、政府のモニタリング報告とそれに対する専門家委員会のコメントも2012年末に公表され、透明性を確保した議論を続けている。

 他方で日本は、福島事故に関する政府と国会の調査報告が出されたにも関わらず、政治的総括ができず、エネルギー基本計画は先延ばしされ、自民党政権復活で原発再稼働の動きとさらに新規増設まで新首相、経済産業大臣が言及している。「脱原発」と「卒原発」は言葉遊びとする首相発言に見られるように、「原発ゼロ」ではなく、「反省ゼロ」ですか、と批判されるゆえんである。現実には国内50基中2基しか原発は稼働していないが、脱原発側も倫理面と論理的裏付け、代替エネルギー政策提起が不足している。

 これまで、私は、脱原発の日独比較について、このwebronzaで2度ほど、議論したことがあり、今回、比較研究の方法論として、「日独比較、原子力開発から脱原発へ」について、改めて、提起したい。

 まず日独は、その近代化プロセスと戦後プロセスの類似性と差異性がある。東のプロイセンと呼ばれたように、日本は明治維新以降の近代化プロセスにおいて、ドイツから多くの制度と技術を導入した。そして、同じく、第2次世界大戦に向かって進み、敗戦という大きな歴史的体験を経た。

 しかし、日独の戦後体制の違いも大きく、日本はアメリカの単独間接占領に対して、ドイツは東西分割され、また戦後改革において、ドイツで地方分権改革が行われ連邦国家に再編されたに対して、日本は中央集権体制の温存が図られた。

 これらの制度枠組の違いを踏まえて、戦後の原子力開発に関する制度・参画者分析について、政治学の方法を使って簡単な分析を試みたい。

 アクター(参画者)面では、ドイツでは「緑の党」が結成され、主流の政党CDU,SPDへの影響も大きかった。これに対して、日本では学生運動が社会改革につながらず、環境政党も結成されなかった。

 反核の運動体に関しては、東西ドイツが核戦争の最戦線になる恐れから、反核兵器運動と反原発運動の共同があったのに対して、日本には反原発の強力な全国組織はなく、原水禁運動の分裂のなかで、反核兵器運動と反原発運動の連合が形成されることはなかった。

 発電会社と原子力については、ドイツは電力会社の判断が大きかったが、日本は「国策民営」推進体制で、政府と電力会社の持たれあいと責任の不明確があり、丸山真男の指摘する無責任体制の問題が依然として残っている。

 原発推進体制については、ドイツは、地方分権制度によって各州の許認可権限が強いのに対して、日本は国の計画と許認可権限が大きく、さらに電源3法で地域開発(田中角栄型)、公共事業としての原発開発立地が推進された。

 原子力をめぐるイデオロギーとしては、「ハイテクとしての原子力」はドイツも大きく違わず、日本では「夢の原子力」と「鉄腕アトム」のイデオロギーが効果を発揮した。

 原子力開発の歴史的分岐点を見ると、ドイツはチェルノブイリで直接に国内被害を受け、SPDと緑の党連立で脱原発へ進んだが、日本は外国の重大事故から教訓を学ばず、過酷事故対策を怠った。

 日本は福島の事故を反省の鏡としなければならない。ヒロシマとナガサキの2発の原爆でやっと戦争が終結したと同じく、フクシマと第2の大事故がなければ、原発を段階的にも止められないとすれば、それは日本の悲劇である。

 原子力の関する規制制度では、日本はこれまで電力会社のいいなりであり、それが活断層問題にもあらわれており、電力会社に規制側が取り込まれた。福島事故を踏まえた規制改革の方向性と内容が試されている。

 原子力と経済団体の関係については、ドイツが再生可能エネと省エネに経済的チャンスを見るのに対して、日本は個々の技術要素をもつものの、原発への投資額と既得権益が多く、脱原発に新方向を見いだせず、新政権はイノベーションを強調せず、東芝社長(原子力専門家)が経済諮問員会民間委員となった。中国と韓国は原子力を続けるものの、他方で風力発電にも力を注ぎ、いまや中国は世界1の風力発電設備をもつ(26%)現実を直視すべきである。

 しかし、日本社会の可能性は、省エネ、ハイテク、地域での協力、現実の先行などにある。

 日本社会の変化の原因は、「外圧」(開国と明治維新、敗戦)と「人柱」(戦争や公害)の2つと言われてきた。日本の脱原発には、国際社会の圧力と協力、そして原発災害の現実を知らせ、告発する持続的な取組が必要である。

 日独共通の課題は、福島の現実から逃げず、下からの再生可能エネと省エネ、持続可能社会構築、少子高齢化社会への対応であり、いま必要なのは、「希望」と「責任」である。

 国債増発による従来型の公共事業で、景気回復をはかろうとしても、土建業と証券市場が多少潤うものの、雇用や経済効果は限定され、将来へのつけ回しは一層増える。このことは、すでにこれまでに行われてきた政策とその結果で証明済である。

 そこで投資のあり方を変えて、真の意味でのイノベーションをおしすすめ、再生可能エネルギーと省エネ、そして送電網などインフラ整備への官民挙げての投資と制度づくりを行い、足元から再生可能エネルギーと省エネを通じた地域おこしと持続可能な社会づくりの基礎を行うことが、意味ある将来への支出となる。 ・・・ログインして読む
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筆者

吉田文和

吉田文和(よしだ・ふみかず) 愛知学院大学経済学部教授(環境経済学)

1950年生まれ、兵庫県出身、京都大学大学院経済学研究科博士課程修了、経済学博士。北海道大学大学院経済学研究科教授を経て2015年から現職。北大名誉教授。専門は、環境経済学、産業技術論、主著『ハイテク汚染』岩波新書、『環境経済学講義』岩波書店、最近は低炭素経済と再生可能エネルギーの普及に関心を持つ。札幌郊外の野幌原始林の近くに住み、自然観察と散歩を趣味とする。

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