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前稿では、日本の「学者」がなぜ消滅寸前となっているのか、筆者の体験と観察をもとに分析した。続編となる本稿では、それぞれの問題を解決するための提言を述べよう。

 まず、「時間」の問題の解決にはどうしたら良いか。 

1.大学、大学院には、そこでの勉学、研究の教授を受ける準備のできている学生のみを入学させる。筆者の観察によると、そもそも、準備ができていない学生が多く入学している。そのような学生にとっては、大学、大学院での勉学、研究は「苦痛」以外のなにものでもない。もし、大学あるいは大学院レベルの教授を受ける準備のできていない学生をどうしても入学させる必要があるのであれば、学生個々の能力、準備レベルにあわせてクラス分けをおこなったうえで、それぞれのクラスに適した教員、教授方法を実施すべきであろう。これらを統一的に(日本流に言うと「平等に」)教育することは不可能であるし、学生にとっても良くないことは自明である。

2.今日の日本で流行している「手取り足取り」を大学レベルではやめる。もちろん、これは難しい問題であり、大学入学まで、学校また家庭でずっと手取り足取りで教育されてきた学生を、大学で突然突き放して「これからは何事も自分の責任でやりなさい」といってもできる訳はなく、学生もそのせいで精神的に病んでしまうかもしれない。したがって、子供の時から「段階的に」自立させていく必要がある。そのためには、小・中・高、また家庭の協力も必要であり、今すぐ解決できる問題ではない。しかし、今すぐ処方箋を出すべき問題である。

3.最近では、大学にも学生の精神面をケアするための専門家が常駐(あるいは非常勤)している例が多い。しかし、実際には大学教員が個人的に学生の精神面のケアをしているのが普通である。それぞれの大学によって事情は違うだろうが、基本的には、学生の精神面のケアは、その点に関しては素人の大学教員が関わるべきではないと筆者は思う。精神面の問題は非常に難しく、専門的知識と経験が必要となる。そのような、知識と経験をもった専門のカウンセラーに任せるべきである。

4.縁日、お祭り化しているオープンキャンパスは見直すべきである。社会に開かれた大学を目指すなら、大学内の教育、研究成果を社会に伝えることに長けた専門家を何人か常勤で大学が雇用し、そのような専門家たちを中心に、大学の成果を社会に還元する方法をとるべきであると考える。その方が効率的であり有効だろう。

5.研究成果の記者発表資料であるが、これも、大学教員ではなく、大学がメディアに流す資料をつくる専門の職員を雇用し、その方々に一切を任せればよい。その場合、それらの職員には、修士号あるいは博士号をもち、専門知識があり、研究の中身をきちんと理解でき、すぐれた発表資料を作成できる能力をもっていることが要求される。

6.研究費の毎年の報告書に「新聞、テレビなどのメディアでの報道」をリストアップさせる国の方式は今すぐ廃止すべきである。論文発表、特許申請のみで十分である。研究成果と新聞、テレビなどのメディアでの報道にはなんら相関関係は存在しない。

 続いて

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筆者

佐藤匠徳

佐藤匠徳(さとう・なるとく) 生命科学者、ERATO佐藤ライブ予測制御プロジェクト研究総括

(株)国際電気通信基礎技術研究所(ATR)佐藤匠徳特別研究所 特別研究所長。独立行政法人 科学技術振興機構(JST)ERATO佐藤ライブ予測制御プロジェクト研究総括・米国コーネル大学教授・豪州センテナリー研究所教授(兼任)。1985年筑波大学生物学類卒業後、1988年米国ジョージタウン大学神経生物学専攻にてPh.D.取得。ハーバード大学医学部助教授、テキサス大学サウスウエスタン医科大学教授、コーネル大学医学部Joseph C. Hinsey Professorを歴任後、2009年に帰国、2014年まで奈良先端科学技術大学院大学(NAIST)バイオサイエンス研究科教授。2014年7月にNAIST退職後、2014年8月1日より現職。専門は、心血管系の分子生物学、ライブ予測制御学、組織再生工学。【2017年6月WEBRONZA退任】

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