山極寿一(やまぎわ・じゅいち) 京都大学総長、ゴリラ研究者
京都大学総長。アフリカの各地でゴリラの野外研究に従事し、その行動や生態から人類に特有な社会特徴の由来を探り、霊長類学者の目で社会事件などについても発言してきた。著書に『家族進化論』(東京大学出版会)、『暴力はどこからきたか』(NHKブック ス)、『ゴリラは語る』(講談社)、『野生のゴリラに再会する』(くもん出版)など。
ドラミングで見得を切る
野生のゴリラの研究を始めて以来、私がずっと思ってきたのは「なぜ、ゴリラの立ち居振る舞いが歌舞伎と似ているのか」ということである。たとえば、ドラミングという両手で胸をたたくゴリラの行動は、歌舞伎の見得にそっくりだ。勧進帳の弁慶の見得が有名だが、足を開いて手を大きく広げ、首を振り、顎を突き出して、はったと前方をにらみつけ、いかにも勇ましい男の中の男といった雰囲気を醸し出す。見得が決まった瞬間には、拍子木に似たツケが調子よく打たれて場は最高潮に達する。これはまさに、オスゴリラが胸をたたいた瞬間に匹敵する。ゴリラも首を横に振り、肩を怒らせ、上半身を開いて大きく見せるしぐさが伴う。
歌舞伎でもゴリラでも、これは男やオスが周囲に見せる誇示行動である。ほれぼれとするほど格好いい。なぜ人間とゴリラでこんなに似ているのかというと、男やオスの社会における構えが同じだからだと思う。つまり、みんなのために体を張って敵に立ちはだかる構えが格好いい男やオスに求められているということだ。
しかし、面白いことにこの構えは必ずしも戦うことにつながらない。見得を切れば戦いが起こるわけではないし、ドラミングはむしろゴリラのオスが戦わずに面子を保って引き分けるために用いられる。これは勝敗をつけずに緊張した場を収めるゴリラに独特な方法なのである。
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