2013年02月19日
ひどい大気汚染(スモッグ)は北京だけではない。四川省の重慶で同じような汚染に出くわしたとき、現地の人から「蜀の犬は陽(ひ)に吠える」ということわざを教えられた。蜀はかの「三国志」時代、今の四川省一帯に栄えた国だ。この地方は霧が多く、すっきりと晴れる日が少ない。たまに太陽がでると、珍しいので犬が吠える。「珍しいことに驚く」を意味するという。今は元来の霧と大気汚染が重なってしばしば重いスモッグになる。スモッグがでる度に、その古いことわざが話題にでていた。
今回の汚染で問題となっている粒子状物質(SPM)の主な成分はディーゼル車の排ガスや発電所などの石炭燃焼によってでる「煤(すす)微粒子」だ。日本では小さい粒子のPM2・5が問題と言われているが、中国では、もっと大きな粒子も問題だろう。その粒子を水に溶かすと酸性を示す。
中国のディーゼル油の硫黄分はまだ高い。環境保護総局は、より硫黄分が低い燃料の普及をめざしているが、中国石油など国営企業の力が強く、思うように下がらないといわれている。
発電所には脱硫装置が増えているが、しばしば故障したまま、あるいは止めたまま運転する。重慶でそうした発電所を見学したが、排気中に含まれる硫黄酸化物の濃度は驚くような高い値だった。
廃棄物、汚染物を出す企業は「排汚費」とよばれる罰金を払うことになるが、その額が低く、しばしば「罰金があまり苦にならない」という状況にある。「あまり基準を厳しくすると、工場が止まり、雇用が失われるので困る」という状況があり、中国では「環境か経済か」という対立が原初的な形で起きている。
高度成長を続ける中国では発電所を急速に増やしている。とくに2000年代の増設スピードは驚きのひとことだ。
例えば、2004年に中国で運転を開始した発電設備容量は5055万キロワットにのぼった。05年は6600万キロワット、06年は7000万キロワットを超えた。この多くが石炭火力だ。東京電力の発電設備が6000万キロワットなので、毎年、東電が一つずつ増えた計算になる。
二酸化硫黄の排出もケタ違いで、05年の排出量は約2500万トンで、その年の日本の排出(80万トン)の約30倍だった。その後の削減計画も十分にはうまくいっていない。
煤微粒子はどれほどでているのか。07年の報道によれば、中国の年間排出量は世界の17%で120万トン。米国(32万トン)、インド(56万トン)、日本(9万トン)を大きく超えていた。
その汚れは、日本にも来ている。酸性雨を監視するアジア大気汚染研究センター(新潟市)によると、日本では90年代からpHは4~5の強い酸性の雨が降り続いている。この値はほとんど改善されない。オレンジジュース程度の酸性といえる。(図)
このレベルはかつて、60~80年代に北欧で、水が酸性化し、魚が死に絶えた湖が続出したころとあまり変わらない。それどころか、「酸性物質の降下総量」という蓄積量でみると日本は極めて多く、欧州や米国平均の2倍ほどになっている。しかし、日本では不思議にも湖の酸性化はほとんど見られず、魚が死ぬなどの目に見える被害はない。研究者は、北欧は岩盤がむき出しで雨がすぐに湖に入るが、日本やアジアはアルカリの石灰分が多く、土壌も分厚い。これによって中和や緩衝作用が起きているのではと考えている。
長崎県雲仙市の渡辺博光さんは、同県普賢岳の樹木にできる霧氷の汚染を調べている。2005年ごろには霧氷を溶かすと黒い水になるほど汚染粒子が多く含まれていたが、最近はそんなことはなくなった。08年の北京五輪のころから汚染は軽減しているという。しかし、pHは4台であまり変わらない。
春になると西日本を中心に黄砂も飛来する。そのときは黄砂のアルカリ性で中和されて霧氷もpH7程度の中性になるという。
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