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「真っ暗ですよ事件」に見る東電の体質

竹内敬二 エネルギー戦略研究所シニアフェロー

拡大福島第1原発の現状(パノラマ写真)2013年2月

 東電は福島第1原発1号機(1F1)に関して、建屋内部を調査しようとした国会事故調メンバーに対して、「今は真っ暗です(真っ暗ではないのに)」「道に迷えば恐ろしい高線量地域に出くわしちゃいます」「むちゃなことは、おやめいただいた方がよろしいんじゃないでしょうか」と1時間にわたって説得し、調査を断念させていた。事故炉でも外部の者に見せたくない意図がにじみでている。東電の体質は3・11の後も変わらないのか。

 今回のキーポイントは、1号機の建屋内部を調べれば、原発事故の新しい破壊プロセスが分かるかも知れないということだ。1F1の非常用復水器(IC)は、電源がないときでも蒸気を水に変え、原子炉に注入して炉を冷やす装置で、3・11の事故では頼みの綱だった。しかし、なぜか事故直後に早々と止まってしまい、その後の早期の炉心溶融、水素爆発につながったのではといわれている。なぜ、早期に止まったのかは分かっていない。

 これについて、国会事故調は、「津波の前の地震の揺れで壊れていたのではないか」という見方をし、一方、政府事故調は、「地震によって壊れた形跡はない」として、解釈は大きく異なっている。

 これは事故を解析するうえで、そして今後の安全基準を考えるうえでの大問題だ。もし、地震でICが壊れていれば、「津波単独犯説」が崩れて、地震対策を根本から考え直す必要がでてくる。東電は今は「地震には耐えたが、想定外の津波が全てを壊した」という津波単独犯説にたっている。

 きちんと調査、分析する必要があるが、今回の東電のように調査を邪魔するような行為をみると、「原発建屋の中は東電が言っていることと違う状況になっているのではないか?」という疑念が涌く。原子力規制委員会は「いずれ調査をする」と表明したが、ぜひやってほしい。

 「真っ暗ですから、調査できないですよ」という今回の対応で思い出したのは、2002年8月に発覚した「東電トラブル隠し事件」だ。原発の検査に関するさまざまな検査データを隠していた事件だが、小さな隠蔽が多い中で、一件、とびきり悪質なケースがあった。 

 原子炉(圧力容器)を覆う格納容器は高い気密性が求められる。しかし、1991、92年の2回の定期検査のときは、1F1の格納容器では空気漏れが起きていた。東電は、原因を明らかにするのではなく、定期検査において「漏れる分だけ注入する細工」をし、国の検査官がきているときに計器が「正常値」を示す偽装を行ったのである。本格的に検査をしていると、当時、トラブルが多くて稼働率が下がっていた1F1の稼働率がさらに落ちるからだった。検査をなめきっているとともに、「格納容器に頼るようなことは、どうせ起こらないからいいや」というずさんさが見える。

 1F1では津波に襲われたあと、最初に炉心溶融が起き、ベントに手間取り、早い段階での水素爆発を許し、以後の原発全体の処理作業が困難になった。その1F1は20年前にも、こんなにいい加減に扱われていたのである。隠蔽と厄災が詰まった原発だ。

 「真っ暗ですよ」という今回の対応や「気密偽装事件」に共通するのは、「見せると面倒なことになりかねないから見せなくていい」という体質だ。第三者の能力を軽視し、自分たちで処理した方が確実だ、という感覚だろう。これは東電の「自信」でもあり、「会社の体質」でもある。

 筆者は2月、「電力の社会史 何が東京電力を生んだのか」(朝日選書)という本を書いた。原発過酷事故への備えのなさや、電気を全国融通できない送電線の制度など、原発事故の背景にあるエネルギー政策と電力制度の問題が、どのような歴史をたどって形づくられたのか、なぜ日本の政治、行政は不合理な政策、制度を変えられないのかという構造的な問題を明らかにしようとしたものだ。その中で、「東電の体質」も本質的な一要素だと感じざるをえなかった。

 大会社としての政治的力を使って、規制機関さえロビーの対象として安全規制の厳格化を拒んできたことや、「情報の透明性」とはかけ離れた事故情報を外に出さない体質である。

 これは3・11の後でも変わっていないようだ。政府事故調の報告書では、東電の姿勢は次のように厳しく指弾されている。

 「東電は当委員会(事故調)が説明を求めるまで事実解明に重要なパラメーター(例えば格納容器内のモニターなど)の検討や計測機器の誤作動の原因究明を十分に行っていなかった。社内調査での社員の供述内容と物的な証拠、データとの矛盾を放置したケースが少なからずあった。明らかに仮定条件がおかしいデータを是正しないまま解析に使ったり、一部不都合な実測値を考慮に入れずに解析したりした。東電がこれまでに行った調査・検証は十分とはいえず、検証されるべき論点や公表されるべき資料が残されている。事故原因究明への熱意が十分感じられない。」

 実は、今回の事故調査は、非常用復水器(IC)の状態だけでなく、事故全体の分析が欠けている。今回、3つの炉で炉心溶融が起きたが、どういう時間経過で炉心が溶融し、核燃料がどう動き、どんなメカニズムで放射能が漏れたのかについての詳細なプロセスが分かっていないのである。

 例えば、格納容器が爆発する、しないと大騒ぎになり、東電の撤退問題を引き起こした2号機格納容器も、どの程度壊れているのかいまだに分かっていない。現場は高濃度の放射能に汚染されているので近づけず、当面、目で調べられない。

 こうした点も含め、少しでも事故の進行を再現することが必要だ。これは今後、日本と世界が事故を検証する基礎データになる。飛行機事故の調査では、何が起きたかを秒単位まで再現する。原発事故のプロセスが再現されず、あいまいな部分が多く残れば、事故検証をめぐっても、「私はそこが壊れているとは思わない」といった水掛け論になり、責任問題もあいまいになる。

 当事者である東電に解析の熱意がない中では、国主導で再現作業を行うことはきわめて重要だ。近藤駿介・原子力委員長も「日本がきちんとやって歴史に残さなければ国としてはずかしい」と述べている

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筆者

竹内敬二

竹内敬二(たけうち・けいじ) エネルギー戦略研究所シニアフェロー

エネルギー戦略研究所(株)シニアフェロー。元朝日新聞編集委員。科学部記者、ロンドン特派員、論説委員などを務め、環境・原子力・自然エネルギー政策、電力制度などを担当してきた。温暖化の国際交渉、チェルノブイリ原発事故、3・11などを継続的に取材。著書は、電力業界が日本社会を支配するような社会産業構造がなぜ生まれたのか、なぜ福島事故がおきたのかを描いた『電力の社会史 何が東京電力を生んだのか』(朝日選書、2013年)。

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