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ドラえもんはなぜ生物と認められないのか

秋山仁 数学者、東京理科大理数教育研究センター長

 2013年の私立麻布中学の入試に出題された問題が話題を呼んでいる。

「図は99年後に誕生する予定のネコ型ロボット『ドラえもん』です。この『ドラえもん』がすぐれた技術で作られていても、生物として認められることはありません。それはなぜですか。理由を答えなさい」という問題だ。

 このように正解が必ずしも確定されない問題のことを「オープン・エンドな問題」と呼ぶ。従来、日本では、このようなタイプの問題は、「客観的な採点ができず、不公平な結果につながる」と敬遠されてきたのだが、海外の入試や就職試験で出題されるのは珍しいことではない。

「莫大な数の本を有し、かつ、いかなる分類もされていない巨大な図書館で、ある特定の一冊の本を探し出せと言われたら、あなたはどうやってその本を見つけ出すのか?」

「富士山を動かすには、どれぐらいの時間がかかると見積れるか?」

「シカゴには全部で何人ぐらいのピアノの調律師がいると推定できるか?」

等といった問題が米国のシリコンバレーやウォール街の就職面接で問われたという(「HOW WOULD YOU MOVE MOUNT FUJI」William Poundstone著 Back Bay Books社)。また、英国のオックスフォード大学やケンブリッジ大学は入学時の面接で、「自分のことをクレバー(“頭の良い”といういい意味と“抜け目ない”というちょっと揶揄した意味合いがある)だと思うか?」「もし、今いる地点から、地球上の真裏の地点まで穴を開けることができたとして、その穴に飛び込んだらどんなことが起きるか?」「歴史を学べば、人類は次の戦争を起こすことはないと考えるか?」「腎臓売買は行われるべきと考えるか?」「自分の頭(だけ)の重さを測るには、どうしたらよいか?」などといった問題が志望する学科ごとに問われるのだそうだ(DO YOU THINK YOU’RE CLEVER)John Farndon著、ICON BOOKS刊)。

 出題者たちの意図は必ずしも回答者がスラスラと正解らしき結論を口にすることではなく、一見つかみどころのない不意打ちを喰らわされたような問題(課題)に対して、どうアプローチし、分析や推論を進め、関連付けたり、参考になりそうな例を挙げたりして話を論理的にかつ興味深く展開できるのかだ。そういうことを観察し、同じ会社や学校で共に働いたり学んだりお互いに刺激し合いながら知的活動をするメンバーとして適しているか否かを評価しようというのである。この評価や選抜が会社や学校の発展・向上につながっていくためには、評価者の能力・力量が非常に問われる。また、こういう試験に挑む志願者も、薄っぺらい「傾向と対策式の勉強」ではなく、日頃から沢山の本を読み、情報に触れ、ものごとを自分の頭と感情のフィルターを通して考える習慣を持っていなければ到底太刀打ちできないだろう。

 日本では10年ぐらい前に、司法試験の記述問題で「どこかの塾の想定問題に対する模範解答をそのままアウトプットした解答」が金太郎飴のように続出し、問題視されたことがあった。戦後70年近くの日本の入学や就職の選抜方法と、大学は入れば卒業でき、一旦就職してしまえば終身雇用され、実力が問われることがなかった社会の在り方(近年はグローバル時代到来により社会の在り方は大きく変わりつつあるが)が結局、「低学年から通う塾が用意してくれる想定問題と模範解答をパターン別に暗記し、試験の際にはそのパターンに当てはめて短時間に確実に処理して得点を稼ぐ」という暗記・パターン認識処理式の勉強法を蔓延させてしまった。

 昨今、スポーツ教育にスポットが当たり、日本のやり方は世界に比べて旧式だと糾弾されているが、知的教育の面でも同じことが言えるのではないだろうか。このようなやり方を続けていては、これからの変化の激しいグローバル時代を生き抜いていく人材は育つまい。

 地震や津波、原発事故に限らず、為替相場の急激な変動や領土問題など、ありとあらゆる分野で想定外の出来事が続発している。これらの想定外の出来事に果敢にチャレンジし、対応できる能力をもつ若者を育むために実行すべきことを最後に挙げたい。

(1)日頃の学習において暗記一辺倒から脱出し、試行錯誤の上、自分で考えなければ結論を導けないプロジェクト学習、プロセス重視の学習を取り入れること。

(2)実験、観測、もの作り、取材やゼミ形式の討論などを通じて、観察力、思考力、コミュニケーション能力やものごとの分析法を体得させること。

(3)1発勝負の短時間でのテストだけでなく、オープン・エンドの問題にも時間をかけて挑戦させること。

(4)問題解決力だけでなく、深い鉱脈につながる新分野を切り拓くような疑問や発想を尊重し、不思議を感じる感性や良質な問題や課題を見つける力を磨くこと。

(5)スポーツではしばしば行われているように、当面はまず卓越した指導者を海外から日本に招き、(1)~(4)のような学習の指導を定着させていくこと。そのため、英語による授業を大幅に取り入れること。

(6)みんなが団結して、優れた指導者の育成により一層力を入れること。

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筆者

秋山仁

秋山仁(あきやま・じん) 数学者、東京理科大理数教育研究センター長

東京理科大学理数教育研究センター長。1969年東京理科大学応用数学科卒、72年上智大学大学院修了。日本医科大助教授などを経て82年から東海大学教授、2012年から現職。駿台予備校でも長年教えた。「大道数学者」「レゲエ数学者」などと呼ばれ、NHK教育テレビほかテレビ出演多数。著書に「秋山仁の数学渡世」「数学に恋したくなる話」など。専門は離散幾何学。

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