2013年03月27日
上述の問題も、単なる不祥事の一つではなく、このような不合理な制度上の矛盾が表面化したものと捉えるべきだ。でなければ、文科省からの補助金は入学定員のある割合を超えたら突如ゼロにするのではなく、徐々にゼロに近づけるような計算式を用いればよいという類いの技術的な問題に矮小化されてしまう危険性がある(とはいえ、なぜそのような常識的な計算式を採用していないのかは理解に苦しむところだ)。
そもそも昨今の少子化を受けて、大学は優秀な学生の確保に頭を悩ませている。そのこと自体は決して悪くない。「入学させてやる」という印象が強かったかつての選抜制度から「入学してもらえる」大学へという姿勢の変化は、入学後の教育の質の向上と不可分だからである。しかしながら、過去の歴史的な制度を引きずったまま多様な制度を新設してしまったため、現状では複雑怪奇な入学選抜制度が並立している。その具体的な弊害を挙げてみよう。
1)大学ごとに膨大な数の入学試験をするという怪
大学の一般入学試験はふつう1月下旬に始まり、3月中旬に終わる。むろん各大学が期待する入学者像が異なっているのは健全である。しかしながら、すべての大学が本当にこれほど多くの異なる入学試験を課す必要があるのか。しかも、1回ごとに私立大学なら3万5千円くらいの受験料を支払わねばならない。受験料だけで20万円以上出費する受験生は珍しくないのだ。地方からの受験生なら交通費・宿泊費を含めて経済的負担はさらに大きくなる。
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