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福島事故の放射線による健康被害が「考えにくい」理由(上)

長瀧重信 長崎大学名誉教授(放射線の健康影響)

国連科学委員会(UNSCEAR)や国際放射線防護委員会(ICRP),国際原子力機関(IAEA),世界保健機関(WHO)などの国際機関、日本やロシアなどの現場の専門家たちを集めた国際学術会議(International Academic Conference 、以下福島コンファランスと省略します)が2月に福島医大の主催で開かれ、その講演のすべてのスライドがWeb上に公開されました。

 参加した専門家の間では、共通した科学という立場で自由に意見の交換があり、県民健康管理調査検討委員会の「健康障害は考えにくい」という評価の基礎になった個人被ばく線量の発表に関して特に異論はありませんでした。筆者も日本側の基調講演で、健康影響は考えにくいと述べました。なぜそのように判断できるのかを、講演内容を紹介しながら述べていきたいと思います。

1) 被ばく線量の考え方と測定値

 シーベルトというのは、人間の被ばく線量の単位です。事故直後の緊急時から報道されてきた線量は、すべて地上の固定した場所あるいは自動車や飛行機に搭載された測定器での測定値(「空中線量」と呼ぶことにします)からいろいろな仮定に基づいて計算したものです。

 この「空中線量」を人の線量に計算するときの仮定は、常に安全側になるように考慮します。つまり、実際の線量が見積もりより多いということがないように、多めに見積もります。例えば、WHOの場合、事故直後から4か月間、常に測定器のある場所から動かなかったと仮定しています。現実には、計画避難地域でも5月中には避難を完了していますから、これは相当多めになることがご理解いただけると思います。

 同じ考え方で、空中線量から内部被ばくも計算できます。例えば、初期に話題となったSPEEDIの地図では、子供の甲状腺のヨウ素摂取を空中線量から計算しています。呼吸とともに肺から吸収され、血液を通じて甲状腺に摂取される量をいろいろな仮定のもとに計算します。この場合血液から甲状腺に摂取される率は30%と仮定して計算されていますが、日本では日常の食品である昆布を食べると摂取率はすぐに5%以下に下がります。

 仮定に基づいた線量は、現実と大きく違うことは理解いただけたと思いますが、緊急時には避難や屋内待機などの対策を決めるのにこれが非常に有用な基準となります。

 では、実際に個人が被ばくした線量はどのくらいだったのでしょうか?

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筆者

長瀧重信

長瀧重信(ながたき・しげのぶ) 長崎大学名誉教授(放射線の健康影響)

長崎大学名誉教授。1932年生まれ。東京大学医学部卒業。東大大学院、米ハーバード大学などで学んだ後、東大医学部付属病院外来医長などを経て、長崎大学医学部教授(内科学第一教室)、放射線影響研究所理事長を務めた。長崎大学時代に被爆者の治療、調査にあたった経験を踏まえて、旧ソ連チェルノブイリ原発事故がもたらした健康被害の調査活動や東海村JCO臨界事故周辺住民の健康管理にかかわった。 【2016年11月12日、逝去】

※プロフィールは原則として、論座に最後に執筆した当時のものです

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