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安倍政権の成長戦略と大学の国際化

小林光 東京大学教養学部客員教授(環境経済政策)

5月17日、安倍総理が、日本アカデメイアにおいて、成長戦略の第2弾を発表した。チャレンジ、オープン、イノベーションの3つがキーワードで、巨人の星のインド版アニメなど、それなりにニッチェな話題を取り上げていて面白かった。

 論者が、真面目な話として関心を持ったのは、そのロジックである。あるべき社会像を描いて、それが世界から求められるものなら、需要が生まれ、そして産業が生まれる、と説いた部分である。これまでの経済政策はサプライサイドのものがほとんどで、産業を支えて、いかに安い供給をするか、ばかりが語られていて食傷気味だった。デフレからの脱却と言うのに、お薬はいつでも供給力の増強ですか、と論者としては疑念や反発すら覚えていたが、今回の戦略は、こうした企業本位の目線をようやく改めて、国民の関心が高い所で新しい需要の創造を説いたので、新鮮であった。

 チャレンジ、オープン、イノベーションの3つのキーワードを反映する一つの目玉が人材づくりである。若い人には、世界に勝つ人になってもらわないと困る、として、国際化に向けた大学の改革を訴えている。国際競争は避けられない以上、打って出るしかない、という訳である。

 その文脈では、公務員の就職試験の一環にTOEFLやTOEICといった実用英語能力の点数を加えよう、といったことも示唆されていた。また、世界の若者にたくさん日本に来てもらい、大学などの国内の学びの場を居ながらにして国際的なものとし、さらに、日本の学生をどしどしと海外に留学させよう、留学をしやすい環境づくりのために企業への就職活動の開始を4年生の春、夏へ繰り下げよう、とも述べている。大学で環境を教える論者としては、これらの提案には大いに賛同したい。

 地球環境には国境なく、膨大なニーズがある。しかし、大学はニーズに応えきれていない。

 我が国は、2011年の3.11に伴って、放射能汚染によって地球を大きく汚してしまった。他方で、大陸からは、PM2.5といった微小な、しかし健康影響の強い粒子状の大気汚染物質や光化学スモッグの原因物質などが我が国へ移流してきている。地球環境に国境はない。この国境がない地球環境は、今後の、世界の人口やエネルギーの消費が20年、30年で30%や40%といった速度で急速に増加していく中で、このままでは残念ながら大いに劣化し、また、気候災害などに脆弱なものになっていくことは、疑う余地のないところである。世界の国々の国民、特に途上国の人々にとって、また、世界の平和に強く依存する加工貿易によって暮らしを立てる我が日本の国民にとっても由々しい事態である。日本が得意なエネルギー・環境技術が役立てられるはずであり、それへのニーズには極めて大きなものがある。

 地球環境保全にはこのように重大な使命があり、大きなニーズがあるが、その担い手は育ってきているのであろうか。

 一昨年に行われた環境省の調査(「大学及び企業等における環境教育の現状と課題」環境省、平成23年8月)によれば、大学で行われている環境教育の内容の多くは、環境に関する基礎知識の獲得や環境問題への関心の涵養といった、比較的初歩的な内容に留まっていて、その限りでは成果を収めているようではあるものの、問題解決策の考察といった、さらに実践力を養う教育までを視野に入れると、「フィールドワークなどが組み込まれていない」(課題ありとした大学の47%が指摘)、「学生の能動性を引き出せていない」(同23%が指摘)と言った具合に課題が山積している。

 そこで、論者としては、かねてより「国境なき環境大学」という考えを提唱させてもらっている。

 これは、読んで字のとおりであるが、学習の現場やフィールドを国内外の各大学に公開し、国際的に活用、教員や学生の、大学を超えた広範な交換、そして履修単位の広範な互換といったことを進めることを内容としている。環境には国境はないが、その現場は、気象や経済発展段階などに応じて独自であるので、実践力を養う教育や研究となると、現場を広く国際的に開かれたものにし、内外の大学が互いに皆で活用し、多様な現場を踏むことが欠かせないのである。また、そうした方が、学生の国際的な実践力も強力に開発されよう。

 さらに、途上国を中心とした環境人材の開発、環境能力のキャパシティビルディングは、既に国際的な要請ともなっている。

 地球温暖化の防止を進める「国連気候変動枠組条約」の第6条は、教育、訓練に関する条約締約国の義務を定め、その第4条では、先進締約国に対して、この第6条などを受けて途上国が取り組む様々な対策へ支援を行うことを義務付けている。さらに、先進締約国は、1年間に1000億ドル(各国の合計額)もの官民資金を、途上国の対策支援へ使うとの方針も決定されている。論者の個人的な考えになるが、この国境なき環境大学を日本でまずは率先的に具体化し、世界の若者に日本の環境のフィールドをどしどしと訪れて貰うことは、この1000億ドルに算入してもよいはずである。現在でもごく細々と、ODAにより、途上国政府の職員を日本の大学院に学生として招聘する仕組みは設けられているが、こうしたものをもっと大々的、戦略的に展開していくのである。

 例えば、論者の個人的なケースであるが、行政官時代以来コミットしている水俣において、そこでの国際的な環境大学構想に参加し、その具体化に尽力している。水銀汚染対策や公害で疲弊した地域の、環境保全的なブランディングによる地域経済の再生などは、途上国から大きな関心を集めているからである。

 安倍総理の成長戦略にある、国内大学、大学院の国際的なオープン化は、この温暖化対策や水銀対策を始めとする世界大の地球環境政策の流れに大いに合致するものと言えよう。

 安倍戦略を踏まえて大学・大学院の環境教育・研究を変革する方向と課題

 けれども、日本の大学・大学院の国際化には課題も多い。論者が、論者と同様に国の環境行政経験者で大学に移った人々を対象にアンケートをしてみたところ、約9割が、国内大学等での環境留学生受け入れ拡大に賛意をしめしたものの、ほぼ7割の環境教員が、国外環境留学生を受け入れるに当たって課題あり、とした。そこで共通的に指摘された課題には、教員の外国語能力の不足、教材の英語化の不十分、一緒に学ぶ日本人学生の英語能力の不足、留学生の生活サポート体制の弱さなどがあった。留学生の存在は、安倍総理が発言されたように、刺激的な学内環境づくりに有益である一方、(日本語で留学してきた外国学生の指導はともかくも、)英語で留学してくる外国人留学生を、英語で、指導し、あるいは生活サポートすることには大きな困難が伴うのが国内大学・大学院の現実の姿であるように思われた。

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