メインメニューをとばして、このページの本文エリアへ

news letter
RSS

原発と倫理  ドイツ脱原発倫理委員会報告の意義

吉田文和 愛知学院大学経済学部教授(環境経済学)

 私は、WEBRONZAの前稿で、「論理と倫理」なき原発再稼働と原発輸出」を論じた。なぜ、原発が倫理的に問題となるのか。これについて、ドイツの脱原発倫理委員会報告の内容を紹介するかたちで原発と倫理問題について、議論したい。福島の事故を受けて、世界に先駆け脱原発とその代替となる新しいエネルギー政策を決定した。その決定において大きな役割を果たしたのが、安全なエネルギー供給に関する倫理委員会の報告「ドイツのエネルギー大転換―未来のための共同事業」(2011年5月)である。

 以下にその論理と倫理を紹介するが、議論の詳細は、実際に報告書を読んでいただきたい。今回、解説を付けて、私と倫理委員会のメンバーであったミランダ・シュラーズ教授が報告書の翻訳を出版した(『ドイツ脱原発倫理委員会報告』大月書店、2013年7月)。日本の議論で欠けているところを補う意味でも、是非読んで考えてほしい。重要な国家の意思決定にあたり、その論拠を明確にし、倫理的検討を行うという手続きとその議論の内容に注目したい。

 なぜ原発と倫理なのか

 さて、なぜ原発問題に倫理が関わるのだろうか。倫理とは通常、善悪・正邪の判断で普遍的な基準となるものを指す。この報告では、倫理という用語は「持続可能性」、「責任」、「合理的で公平」、「比較衡量」という考え方と結びつけて考察されている。原発やエネルギー問題に限らず、医療技術などドイツにおいて重要な社会的決定にかかわって、倫理委員会が作られて議論する伝統がある。

安全なエネルギー供給に関する倫理委員会の経緯と背景

 1986年のチェルノブイリ原発事故によって放射能汚染被害を受け、ドイツでは脱原発の世論が高まった。以来、風力発電やバイオマスなどの再生可能エネルギーの拡大をめざす制度づくりも進められた。こうしたことを背景に、社会民主党(SPD)と緑の党の連立政権が2002年に改正原子力法で2022年を目途に脱原発すると決定した。これに対しその後の現保守連立政権はこれを変え、原発廃止の延長を2010年秋に決定した。

 しかし福島原発の事故を受けて、メルケル首相は2011年4月はじめに「安全なエネルギー供給に関する倫理委員会」を組織した。メンバーは、科学技術界や宗教界の最高指導者、社会学者、政治学者、経済学者、実業界などから選ばれ、公聴会と文書による意見聴取が行われて、集中的な討議が重ねられた。これと並行して、原子炉安全委員会(RSK)は福島事故を受けてドイツ国内の原子炉安全評価を行った。その報告は、ドイツの原発は航空機の墜落を除けば、比較的高い耐久性を持っているとした(5月16日)。しかしメルケル首相はその報告には従わず、5月30日に提出された倫理委員会報告をもとに6月6日に2022年までの原発廃止の閣議決定を行い、この決定は国会により圧倒的多数で保守・革新に関わりなく承認された。

倫理委員会報告書の要点

 17名からなる倫理委員会の報告の要点は、以下のとおりである。

・原子力発電所の安全性は高くても、事故は起こりうる。

・事故が起きると、ほかのどんなエネルギー源よりも危険である。

・次の世代に廃棄物処理などを残すのは倫理的問題がある。

・原子力より安全なエネルギー源がある。

・地球温暖化問題もあるので化石燃料を使うことは解決策ではない。

・再生可能エネルギー普及とエネルギー効率化政策で原子力を段階的にゼロにしていくことは、将来の経済のためにも大きなチャンスになる。

 日本に欠けているのは、このドイツのような、原発の位置づけをめぐる、論理的かつ倫理的な議論である。倫理委員会設置の根拠は「原子力の利用やその終結、他のエネルギー生産の形態への切り替えに関する決定は、すべて、社会による価値決定に基づくものであって、これは技術的あるいは経済的な観点よりも先行している」という基本的な認識にある。こうした問題に関する倫理的な価値評価において鍵となる概念は、「持続可能性」と「責任」である。

 安全なエネルギー供給、とくに原子力の評価をめぐっては、「人間は技術的に可能なことを何でもやってよいわけではない」という社会発展の基本命題を考慮すべきだという。

倫理委員会の共通の判断


 原子力をめぐる二つの異なる代表的見解の内容が倫理委員会の審議を通じて明確になった。しかし、そこで両者の対立の根本的解消を求めるのではなく、相互理解を促進する方向で審議は進められた。 ・・・ログインして読む
(残り:約449文字/本文:約2313文字)

全ジャンルパックなら本の記事が読み放題。


筆者

吉田文和

吉田文和(よしだ・ふみかず) 愛知学院大学経済学部教授(環境経済学)

1950年生まれ、兵庫県出身、京都大学大学院経済学研究科博士課程修了、経済学博士。北海道大学大学院経済学研究科教授を経て2015年から現職。北大名誉教授。専門は、環境経済学、産業技術論、主著『ハイテク汚染』岩波新書、『環境経済学講義』岩波書店、最近は低炭素経済と再生可能エネルギーの普及に関心を持つ。札幌郊外の野幌原始林の近くに住み、自然観察と散歩を趣味とする。

吉田文和の記事

もっと見る