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エンジニアの国外流出を止める国策が必要だ

山内正敏 地球太陽系科学者、スウェーデン国立スペース物理研究所研究員

 東電が人材流出を防ぐ目的で管理職に10万円の一時金を出すというニュースがあった。その時に思い浮かんだ疑問がある。それは一時金の有効性や是非ではなく、問題のある会社一般での、技術系人間の行き先である。

 昨今、シャープの経営危機やエルピーダ経営破綻など、電機産業の暗い話が続く。理工学系の研究所に勤める身として一番気になるのは、これらの会社から上級エンジニアがどの程度流出し、その際に開発チームが温存されるのかメンバーがバラバラなのか、そして流出先がどこで、国外への流出がどの程度の割合で、このような人材流出に対して国策はどうなっているのか、ということだ。いやしくも技術立国を誇る国であれば、こうした問題がもっと報道されるべきだし、国策にも現れるべきだ。しかし、それがあまり見えない。一方で、東電の一時金の話が騒がれる。技術の担い手であるエンジニアに対する日本の扱いぶりが分かるというものだ。

 国策におけるエンジニア軽視は、原発政策にも現れている。例えば、原子力規制委員会による審査基準には、ノウハウをもった技術者の確保が必須条件として書かれていない。安全管理や事故が起こった時の対応を実際に行う技術者の確保を無視して、何が「安全です」だ。そんなお墨付きは絵に描いた餅に過ぎない。

 実は、私は技術の長い蓄積が数人の技術者がいなくなっただけで簡単に失われるということを身をもって体験した。私の勤めるスウェーデン国立スペース物理研究所では、政府主導による組織変更の議論が10年ほど前にあり、結局組織は変わらなかったものの、混乱を嫌がって去った職員がいた。光学観測の40歳代研究員、超小型人工衛星(ナノ衛星)関係の30歳代研究員とエンジニアがひとりずつ、大気レーダー関係の30歳代研究者の計4人。たったそれだけでオーロラの3次元光学観測(世界初)は頓挫し、世界最小の本格科学衛星を作ったほどのパイオニア技術が完全に止まり、レーダー研究も一からのやり直しとなった。

2001年に打ち上げた、世界初の本格超小型科学衛星「ムーニン」。全費用わずか8000万円ということもあって、毎年のように作って進化させるはずだったが、鍵となる研究員が1人抜けたため以後まったく作られなくなった。

 この例に限らず、近年の細分化された科学技術の世界では、コアとなる人間が同時に2人抜けたら危機となり、3人抜けたら10年分以上のノウハウに匹敵する壊滅的被害を受ける。そして雇用の不安のない国立研究所でも、研究環境の変化を恐れて、世界最先端に繋がるキーパーソンが抜けることがある。経営危機で起こる規模のエンジニア流出となると悪夢だ。

 人を失うことで先端から取り残され、さらに危機を呼ぶという負の連鎖が始まることは、過去にも多くの人が指摘しているとおりだ。これは、世界最先端を維持することで、優秀な人材を集めて、更に前に進むことの裏返しでもある。世界で2番目ではダメだという科学者側の言い分には、そういう人材確保的な意味もある。

 私が問題にしたいのは、

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