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科学者が嘘をつけない制度を天文学に見る

須藤靖 東京大学教授(宇宙物理学)

 科学者が、存在しない実験成果を「捏造」し、「嘘」を論文として発表する。そのような信じられない事実を私が初めて知ったのは、2002年。物性実験物理学のスター研究者とされていた米国ベル研究所のヘンドリック・シェーンが「成し遂げた」数々の発見が、いずれも捏造されたものだったという衝撃的なニュースを耳にした時である。

 それ以来、このように「嘘」をつく科学者たちの存在が繰り返し明らかになり、世間をにぎわせ続けている。ここでは、彼らはなぜ「嘘」をつくのかではなく、「嘘」をつけない制度とは何か、という観点から考えてみたい。

 私は主として宇宙物理学の理論研究を行っているが、この分野では捏造はほとんど考えられない。決してこの業界関係者が聖人君子だからではない。研究の性格および制度上、捏造が困難である上にあえてやるメリットがないからだ。

 理論物理学は、未解明の既知の現象を説明する、あるいは未知の新奇な現象を予言するのが仕事だ。いずれの場合でも、ある種の仮定やモデル化を前提として出発する。論文の正しさは、この前提の妥当性と、それから導かれる論理的帰結の2つの要素からなる。

 しかし、前提の妥当性は、既知の結果と明らかに矛盾しない限り、どんなにありそうにないと思われようと、理論的には100%否定できるものではない。一方で、その前提を認めた上で導かれる結論の正しさについては、原理的には誰でも検証できる。前提から導けないような画期的な結論を捏造してしまうと、早晩同業者に指摘される。その間違いのレベルによっては、単にダメな研究者というレッテルが貼られるだけだ。メリットなどどこにも存在しない。

 誤解を避けるために強調しておくと、

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