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富士山から追いやられた修験道の歴史

米山正寛 朝日新聞社員、ナチュラリスト

世界文化遺産となった富士山に、この夏も約30万人が登った。この人数はほぼ昨年並みだが、注目されるのは、麓からの登山者や周辺の観光地を訪れる人が増えたと報じられていることだ。世界遺産登録が新しい形で富士山の魅力を高めたのは、間違いないだろう。

 ただし、世界遺産の登録に当たって価値が認められたのは、信仰の対象としての山だった。国連教育科学文化機関(ユネスコ)の諮問機関である国際記念物遺跡会議(イコモス)は「荘厳な富士山の形姿は、間欠的に繰り返される火山活動により形成されたものであり、古代から今日に至るまで山岳信仰の伝統を鼓舞し続けてきた。頂上への登拝と山麓の霊地への巡礼を通じて、巡礼者たちはそこを依拠とする神仏の霊能を我が身に吹き込むことを願った」と評価の内容を示している。ここに書かれた「山麓の聖地」へと、足を運ぶ人が多くなったと見られる。

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筆者

米山正寛

米山正寛(よねやま・まさひろ) 朝日新聞社員、ナチュラリスト

朝日新聞社で、長く科学記者として取材と執筆に当たってきたほか、「科学朝日」や「サイアス」の編集部員、公益財団法人森林文化協会事務局長補佐兼「グリーン・パワー」編集長などを務めた。2021年4月からイベント戦略事務局員に。ナチュラリストを名乗れるように、自然史科学や農林水産技術などへ引き続き関心を寄せていく。

※プロフィールは原則として、論座に最後に執筆した当時のものです

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