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 半藤一利他著『零戦と戦艦大和』(文春新書)を知人に勧められて読み、実に実に驚いた。日本の半導体(だけでなく薄型テレビも)は、さまざまな点で、まさに零戦とそっくりだったからだ。

 零戦は登場したとき、抜群の格闘戦性能と航続距離を持っており、文字通り“無敵”の戦闘機だった。開戦当初、米国戦闘機の零戦対策は、「零戦を見つけたらひたすら逃げること」だったという。

拡大「零式艦上戦闘機」 ウィキメディア・コモンズから。Paul Richter撮影。

 ところが、戦争が激化し終盤になると、零戦の無敵性が失われていく。徹底的に研究され、その弱点が露呈したからだ。零戦は高高度性能、高速性能、防弾性能に問題があった。米国の戦闘機グラマンは、この零戦の弱点を突くために、高高度からの一撃離脱戦法で攻撃し、零戦を次々に撃墜していった。

 とくに、零戦の防弾性能の貧弱さは、致命的だった。海軍が要求する通りの(当初不可能と思われた)格闘戦性能や航続距離を実現するためには、機体を極限まで軽くする必要があった。そのため、パイロットを守る防弾壁が設置されなかったのである。その結果、何より貴重なベテランパイロットを、日本海軍は次々と失うことになった。

 かつて日本の半導体メーカーは、顧客のメインフレームメーカーから、「壊れない半導体メモリDRAMつくれ」と言われ、本当に25年保証の高品質DRAMをコスト度外視でつくってしまった。また、ルネサスも、トヨタから不良ゼロの車載半導体(マイコン)を要求され、検査に次ぐ検査を行って、会社が赤字を垂れ流そうとも、ひたすらトヨタの言う通りに高品質マイコンをつくってきた。

拡大DRAM。ウィキメディア・コモンズから。ZeptoBars。

 私はまずここに、日本半導体と零戦の共通性を垣間見る。零戦は海軍の言うとおりの仕様 でつくられ、DRAMやマイコンはメインフレームメーカーやトヨタの言うとおりの品質で(コスト度外視で)つくられたからだ。

 また零戦の最大の問題は、

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筆者

湯之上隆

湯之上隆(ゆのがみ・たかし) コンサルタント(技術経営)、元半導体技術者

1987年京大修士卒、工学博士。日立などで半導体技術者を16年経験した後、同志社大学で半導体産業の社会科学研究に取り組む。現在は微細加工研究所の所長としてコンサルタント、講演、各種雑誌への寄稿を続ける。著書に『日本半導体敗戦』(光文社)、『電機・半導体大崩壊の教訓』(日本文芸社)、『日本型モノづくりの敗北-零戦・半導体・テレビ-』(文書新書)。趣味はSCUBA Diving(インストラクター)とヨガ。 【2016年8月WEBRONZA退任】

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