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[1]サンゴの白化から温暖化懐疑論を再考する

星川 淳 作家・翻訳家、一般社団法人アクト・ビヨンド・トラスト代表理事

 8月下旬、屋久島南部の沿岸でサンゴの白化(はっか)を確認した。白化現象を最初に目撃したのは1990年代初め。それ以来、これで3度目か4度目になる。頻度から地球温暖化の直接的証左と見ていい。

サンゴの白化今夏の海水温の上昇でサンゴの白化が進んでいる=9月1日、鹿児島県屋久島。写真:田中俊蔵 http://wazo.jp
 サンゴの白化はニュースでも取り上げられるほど有名になり、原因もサンゴ虫と共生する褐虫藻(かっちゅうそう)が海水温の上昇で逃げ出すためだと知られている。夏に極端な暑さが続くことと、台風の接近がなく海水がかき混ぜられないこととが重なって起こる。今年はその典型だったので心配していたら、案の定、沖縄からも異変が聞こえてきた。琉球弧全域、場合によっては九州南部から四国の太平洋岸まで、新たにサンゴの白化が進行中かもしれない。

 白化直前、サンゴは淡い極彩色の妖しい光をまとい、それから色抜けしていく。異常高温期が短いと褐虫藻はすぐ戻ってくるらしいが、私の感触では、いったんサンゴ虫まで死滅すると復活まで最低数年、長ければ10年は影響が残る。当然、白化が繰り返されれば影響は壊滅的になる。現在、この白化現象がグレートバリアリーフをはじめ世界各地のサンゴ礁で波状的に発生していて、サンゴが健康維持の一翼を担う海洋生態系全体への悪影響が懸念される。

 私は科学者ではないが、屋久島の自然を30年間ゆるやかに定点観察してきた経験から、気候変動に関しては確かな体感がある。かつては珍しく、育ててもなかなか甘い実をつけなかったパパイヤが作物として定着したり、夏の蓄熱による海水膨張で秋口の満潮時水位が年々微妙に高止まりしたり、漁師の息子から直に海水温上昇の実態を聞いたりと、傍証的なエピソードには枚挙のいとまがない。確証がなくても、温暖化の進行で予想される地球史・人類史的な悪影響の大きさから、予防原則にもとづいて可能な手を打つべきだと考える。

 ところがこのところ、世界的に気候変動防止への取り組みは停滞気味だし、とりわけ日本では3・11以降「温暖化説は原発推進派の陰謀」という懐疑論が広がり、昔から原発にも気候変動にも警鐘を鳴らしてきたNGOなどは困惑気味だ。温暖化トンデモ説がこれほど世論に浸透した先進国は少ないかもしれない。名だたる反原発論客の何人かが温暖化を否定する影響も大きいだろう。

 もともと“原子力ムラ”は、原発を推進するために荒唐無稽な屁理屈やウソを重ねてきた。初期には「電気代がタダになる!」という売り文句さえ流れた。1990年代に推進派が「原発は温暖化防止の切り札」と言い出したとき、それがご都合主義の最新プロパガンダにすぎないことは明白だった。7℃も温度を上げた冷却排水を全国52基の原発から、日本列島の総河川流量の4分の1にあたる年間1千億トンも沿岸に吐き出すほうがどれだけ直接的な温暖化要因か、容易に想像できる。

 その証拠に3・11後の稼働停止により、原発銀座の若狭湾や鹿児島の川内原発周辺で、長期にわたる高温適応からもっと南のものに入れ替わっていた海の生き物たちが、かつての様相を取り戻し始めたとの報告もある。原発憎しから温暖化否定に傾く必要はない。

 そもそも、気候変動を「(地球)温暖化」と通称することが誤解を招きやすい。本来はやはり“変動”であり、英語の通称の一つである「気候カオス」が的を射ている。つまり、地球の気候システムが相転移局面に入ってゆらぎを強め、場所によって、また時期によって異常に暑くなったり寒くなったり、海からの蒸発活性化や、氷河など固定水から流動水への移行促進により総量増加中の水循環の乱調と密接に絡み合いながら、しばらく予測のつきにくい暴走が続く見通しだ。「しばらく」が数十年になるのか、数百年あるいは数千年のオーダーになるのかも定かでない。

 夏の夕方、久しぶりに妻とスノーケリングでひとときの海中散歩に出て、こんな現実を噛みしめた。連載開始、よろしくお願いします。