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勝俣前会長、清水元社長は何を考える? 原発事故の不起訴

竹内敬二 エネルギー戦略研究所シニアフェロー

検察当局が東電幹部、政権幹部ら42人全員の不起訴を発表したのは、偶然というか、なぜか9月9日の月曜日だった。新聞では10日の朝刊に載ったが、あふれかえる「東京オリンピック決定」のニュースに押されてかなり埋没した。(五輪開催が決まったのは8日だったが、9日朝は「新聞休刊日」だったので、10日の新聞が「混雑」した)

 このニュースは極めて大きな意味をもつ。あの原発事故から時間は経つが、個人の責任、集団・組織の責任の両方があいまいになり、消えつつあることを示している。被災者は「置き去りにされる」という感覚をもつだろう。

 しかし、福島原告団が9月3日に新たに提出した告訴は具体的で強力だ。東電が2年前、「お金がかかりすぎる」という理由で、汚染水漏れの抜本対策をしなかったと、内部文書をもとに主張している。

 さて9月9日に不起訴となった告訴はいくつかある。主なものは福島原発告訴団によるもので、対象はおもに東電幹部。勝俣恒久前会長、清水正孝元社長、当時の副社長。これとは別に、別の市民団体が当時の首相だった菅直人氏ら政権幹部を告発している。

 検察当局の説明によると、焦点は「東電幹部にとって巨大津波が予測できたか(予見可能性)」だった。「津波が原因の事故を予測できたか」→「予測できたとしたら事故・被害を回避できたか、その努力をしたか(回避義務違反)」と順番に考える。

 3・11の原発付近の津波高さは15メートルほどだったが、原発が想定し準備していたのは6メートルほどだった。しかし、実は国の「地震調査研究推進本部」が2002年、地震の長期評価で「三陸沖から房総沖にかけてどこでも異常に大きな地震が発生する可能性」を指摘している。東電はこれに基づいて2008年3月、「津波高さは最大15・7メートル」と計算し、この結果は同年6月に東電幹部に報告されている。

 こうなると、「東電幹部は大きな津波の可能性を知っていた」となるところだが、検察は次のように解釈、評価している。「地震調査研究推進本部が大きな地震の可能性をいったものの、それを裏付けるデータは十分でなかったので、みんなが信じるほど精度は高くなかった。だから巨大津波を具体的に予想するのは難しかった」。それほどしっかりした予測ではなかったということだ。

 さらに続く――。「15・7メートルという数字が幹部に報告された08年6月の時点で直ちに対策工事の実施を決定していたとしても、今回の地震(11年3月)及び津波の発生までに対策工事を完了し、今回の事故を回避することが可能だったと認めるには疑義が残る」。 

 やったとしても、ちょっと間に合わなかっただろう、ということだ。大体、これまでの東電の主張に近い解釈だ。また事故後の対応を遅らせたとされた菅元首相らも不起訴になった。

 そもそも「業務上過失致死傷」などを対象とせざるを得ない今の法律では、大規模な事故で個人の刑事責任を問うのは難しいと、一般的にいわれる。しかし、被害は歴然とある。被害者からすれば、たまったものではない。

 個人の責任はともかく、原発事故の責任は一義的に電力会社(この場合は東電)にあると決まっている。無過失であっても賠償責任は逃れられない。では、この集団・組織の責任は十分に問われているだろうか。東電は「事故は想定外の津波のせい」と強調している。そしてお金の面でも、自社では担えきれない損害を出したものの、「東電を破綻させれば社会混乱が起きる」という意見が当時の政府内に強く、賠償や除染に必要なお金は逐次国が注入する形で東電は生き残った。社員の側からみれば、多少給料は下がったが、会社と仕事は存続している。

 深刻なのは、今回の「個人の刑事責任は問えない」とあわせると、結局のところ、個人の責任も、集団・組織の責任も曖昧になってしまうことだ。

 日本の場合は「国策・民営」という形で原発が推進されてきた。政治家や経済産業省の官僚たちにも責任があるだろう。しかし、東電幹部や政府の役人のうち、本当に反省して身を処した人がいただろうか。

 不起訴が決まった翌日(10日)の朝日新聞に、福島第一原発が立地する大熊町で花屋を営んでいた被災者の話が載った。

 【事故後、被災者代表として参加した国会事故調査委員会で、参考人の勝俣恒久・東電会長(当時)のひとごとのような態度に「勝俣さんはどこの会長なんですか」と思わず口にした。
「個人の責任を問うても会社の体質は変わらない。誰か一人でも『僕が責任者です』といってくれれば。それがないのが悲しい。悔しい」】。個人も組織も変わっていないではないか、という被災者の悔しさが凝縮されている。

 刑事責任は別にして、勝俣氏や清水元社長は責任をどう考えているのだろう。少なくともこうした東電幹部、経産省幹部らが本当に反省してくれなければ、原発政策や事故の責任を、本当に「自分のこと」として考える人はいなくなってしまう。

 失敗や事故では、責任を明確にして、真摯に突きつけられてこそ、個人の考えも、ひいては国の政策も変わる。3・11後の日本では、その「反省のシステム」が働いていない。事故の詳細なメカニズムを明らかにする活動さえ行われていない「とんでもない国」だ。だから時間が経っても、反省、原発事故への恐怖、原発をもつ覚悟が深まらず、元の原発政策のまま「早く再稼働を」の声が高まることになる。

 新しい動きもある。福島原発告訴団は、9月3日、新たな告発を福島県警に提出した。これは、事故後の汚染水漏洩について、3・11以降に東電の役員を務めた全員を告発している。対象の法律は「人の健康に係る公害犯罪の処罰に関する法律」(公害犯罪法)。これは、「東電が遮蔽壁設置を拒否したのでは」という具体的な指摘があり、あらたな「爆弾」になる可能性がある。

 告訴団が入手した文書によると、汚染水漏れの広がりを抑えるため、政府は地下に遮蔽壁をつくることを東電に検討させた。

 東電は2011年6月13日、計画案を政府に提出。この中で「1~4号機原子炉建屋及びタービン建屋の周りに遮水壁を構築する」と計画案を示した。しかし「対策費用は現状不確定であるものの、今後の設計次第では1000億円レベルになる可能性もある」として「中長期対策」にして検討する方針を6月17日に公表した。つまり、「先送り」した。 ・・・ログインして読む
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筆者

竹内敬二

竹内敬二(たけうち・けいじ) エネルギー戦略研究所シニアフェロー

エネルギー戦略研究所(株)シニアフェロー。元朝日新聞編集委員。科学部記者、ロンドン特派員、論説委員などを務め、環境・原子力・自然エネルギー政策、電力制度などを担当してきた。温暖化の国際交渉、チェルノブイリ原発事故、3・11などを継続的に取材。著書は、電力業界が日本社会を支配するような社会産業構造がなぜ生まれたのか、なぜ福島事故がおきたのかを描いた『電力の社会史 何が東京電力を生んだのか』(朝日選書、2013年)。

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