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 9月13日の朝日新聞朝刊の一面トップ記事「ボイジャー太陽系脱出」を読み、ついにここまで来たかという感動をおぼえた。

拡大ボイジャー1号が撮影した木星の大赤斑(NASA提供)

 今から36年前の1977年の夏、ボイジャー1号と2号はフロリダ州のケープ・カナベラルから木星に向けて発射された。飛び立ったのは2号が先だったが、途中で追い越して木星に先に近づいた方が1号と呼ばれている。当初の目的は木星と土星の探査のみで、耐用期限は5年と設定されていた。しかし、探査が成功して予算が追加され、2機はさらに遠くへ向かった。1号はそのまま太陽系外に進んだが、2号は冥王星と海王星の探査も行うことができた。

 地球表面から打ち出された物体が、重力に逆らって太陽系を脱出するためには、発射時に秒速16.7キロメートル以上でなければならない。しかし、ボイジャー1号と2号が地球を飛び立ったときの速さはこれに満たなかった。しかも、姿勢制御と軌道補正のための小さなエンジンしか搭載されていない。そこで、「スイングバイ」という技術が採用された。これは、惑星の近くを通り過ぎるときに、万有引力によって惑星に引っ張られ、惑星の公転運動を利用して速度を変化させるという方法である。ボイジャー1号と2号は、木星でのスイングバイによって運動エネルギーを増加させ、太陽系からの脱出速度に達した。また、木星、土星、天王星と海王星は各々太陽の周りを異なる速さで公転しているが、175年に一度、太陽に向けてほぼ一列に並ぶ。1982年にこの「惑星直列」が起きたので、ボイジャー2号は飛び石のようにスイングバイをして、次々に惑星を訪れることができた。2世紀に一度のチャンスであった。

 1990年、太陽から60億キロメートル離れた位置にあったボイジャー1号は、 ・・・ログインして読む
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筆者

大栗博司

大栗博司(おおぐり・ひろし) 理論物理学者、カリフォルニア工科大学教授、東京大学カブリ数物連携宇宙研究機構長

カリフォルニア工科大学ウォルター・バーク理論物理学研究所所長およびフレッド・カブリ冠教授。東京大学カブリ数物連携宇宙研究機構長。アメリカ芸術科学アカデミー会員。1962年生まれ。京都大学理学部卒、東京大学理学博士。プリンストン高等研究所研究員、シカゴ大学助教授、京都大学助教授、カリフォルニア大学バークレイ校教授などを歴任。著書に『重力とは何か』『強い力と弱い力』『数学の言葉で世界を見たら』(いずれも幻冬舎)、『大栗先生の超弦理論入門』(ブルーバックス)など。

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