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「情動の力学」から見る安倍首相の五輪誘致演説

下條信輔 認知神経科学者、カリフォルニア工科大学生物・生物工学部教授

 世論は時として「情動の力学」で動く。情動とは、感情をトリガーする身体の無意識の過程のことだ。情動の力学は、非論理的に見えることと、記憶がほとんどない(一貫性がない)ことに特徴がある。日本の世論は情動の力学に流されやすい。直近の汚染水問題でも、それが垣間見える。

ブエノスアイレスで開かれたIOC総会で、東京五輪招致演説をする安倍首相=樫山晃生撮影

 安倍首相は五輪招致を争う国際舞台で、「完全にコントロールできている」「汚染は0.3平方km以内にブロックされている」「過去も現在も未来も絶対に安全」などと太鼓判を押した。

 これらは控えめに言っても、ことばのアヤを駆使したごまかしだ。招致に成功した今、贈収賄に問われた政治家の「みそぎ選挙」と似たことにならないかと心配だ。 当選すれば過去の汚点はなかったことにするというのと同じ発想で、汚染水の問題もこれでオーケーとなってしまわないか。

 しかし、決定的に違う部分がある。五輪の招致に成功したからと言って、首相発言の信頼性が証明された訳ではない。 本当は五輪よりこちら (汚染水問題を含む3.11事故の後始末)の方が、国の将来にかかわる、より根本的な問題のはずだ。 それがまとめて片付けられてしまうところに、情動の力学の危険がある。

東京のプレゼンテーションを終え会場を出る東京招致委の竹田恒和理事長(左)、猪瀬直樹都知事=7日、ブエノスアイレス、矢木隆晴撮影

 安倍首相の先の(根拠不明の)発言以外にも、五輪招致委員会の竹田恒和理事長が、投票権を持つIOC委員に宛てて「東京は安全」という手紙を送った。猪瀬東京都知事も「海外メディアは実態を伝えていない」と発言した。さかのぼって9月7日の開催都市決定直前には、原発汚染水問題が緊急を要するにもかかわらず、(与野党合意で)突然国会での論議を遅らせた。

 こうした一連の動きが「功を奏して」誘致に成功した。そのように誤って因果関係を解釈したければ、そうするのは勝手だ。情動の力学とは

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