2013年09月30日
ノーベル賞は初めての大きな国際賞であり、また量子力学の勃興による物理学の革命的発展の時期と重なったこともあって錚々たる受賞者が並び、湯川秀樹が1949年に受賞するころには神話的ともいえる特別の権威を持つことになる。この賞を与える特権はスウェーデン科学アカデミーの国際的地位を上げ、その恩恵は計り知れない。日本の学術振興会がストックホルムに事務所を構えているのも、ノーベル賞と無縁ではなかろう。
科学者の立場から見ると、分野や受賞者の選択に異議がある場合もあるが、科学の進歩の最良の部分を一般の人々に知ってもらうまたとない機会でもある。1年に1回のお祭りとして、素直に祝いたい。そこで、10月の受賞者発表に先立ち、今年の物理学賞受賞者を予想してみよう。
ノーベル賞の選考基準は保守的であり、数世紀後に振り返っても科学史に残っているような発見を顕彰することを目指している。受賞者は3人までという制限も厳密であり、これが選考を難しくする。素粒子論の分野では「強い力の漸近自由性」の発見は重要であったが、発見したとされる人が4人もいたので、ノーベル賞授賞までに時間がかかった。選考委員会は、そのうちのひとりであるヘーラルト・トフーフトには別な年に別な業績に対し授賞をすることで、解決を図った。
保守的であることのもうひとつの表れとして、理論の業績としては、実験によって確実に検証されたものしか対象にしないという不文律がある。いったん授賞した業績が将来覆ってはいけないからである。実験的検証を受けていない超弦理論は当分授賞対象になることはないので、この理論を研究している私は、この記事を公平な立場で書くことが出来る。
物理学は大きく、天体物理学、物性・原子物理学、素粒子物理学の3分野に分けて考えることができる。
天文・天体物理学は、20世紀の半ばまではノーベル賞の授賞対象分野ではなかった。20世紀科学の最大の発見のひとつとされる宇宙の膨張を明らかにしたエドウィン・ハッブルが受賞しなかったことは残念である(選考委員会の記録によると、ハッブルが亡くなった年に受賞が内定していたそうである)。しかし最近では、精密観測技術の発展により、この分野での受賞が相次いでいる。
天文学の最近の発展で特筆すべきは、「太陽系外惑星の発見」であろう。1995年にジュネーブ天文台のミッシェル・メイヨールとディディエ・ケロスがぺガスス座51番星を公転する木星大の天体を発見し、カリフォルニア大学バークレイ校のジェフリー・マーシーがこれをただちに追確認して、他の数々の恒星の周りにも惑星があることを明らかにした。最近のケプラー宇宙望遠鏡の観測では、生命が発生できる環境にあるかもしれない惑星も見つかっている。これは、私たちの世界観を大きく揺るがす発見といえる。
原子物理学の分野では、昨年、原子や光の粒である光子の一つひとつを操作できる実験技術を開発したフランスのセルジュ・アロシュと米国のデイビッド・ワインランドが受賞した。量子力学の不思議な世界を解明する実験手法は大きく発展しており、量子コンピューターへ の応用への期待も高まっているが、同じ分野に2年連続して授賞されるということはなさそうだ。
また、物性物理学では、量子力学的な現象が顕著に現れる新物質が次々に発見されている。古くは超流動や超伝導の例があるが、最近注目されているもののひとつとして、理論物理学者が予言し、ただちに実験室で検証された「トポロジカルな絶縁体」がある。また、新物質の発見では日本人の活躍が著しく、強相関電子物質を開拓してきた十倉好紀や鉄系超伝導体を発見した細野秀雄ら、ノーベル賞候補と目される研究者は多い。
このように、天文・天体物理学や物性・原子物理学でも受賞に値する研究が数々あるが、私は2013年度のノーベル物理学賞の本命は
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