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秘密保護法案、「情報」をモノとみる愚

尾関章 科学ジャーナリスト

 本当にこれで機密が守れると思っているのだろうか。特定秘密保護法案の政府原案をみると、どうもそう感じざるをえない。デジタル時代に入って露わになった「情報」の本質をとらえ損なっているように見受けられるからだ。

 かつて情報はモノと同じように扱うことができた。情報はたいてい紙に書かれていたからだ。だから、もっとも確実な機密漏えいはマル秘文書を持ち出すことだった。それが難しいときは、ヒソヒソ話で機密を外に伝える人もいただろう。戦前戦中の当局は、紙の行方、人の動きを追っていれば情報の流れを把握できたのである。

 ところが、ネットが行き渡った今、情報は紙からもヒソヒソ話からも解き放たれた。それは軽やかに飛び回り、世界中に広まっていく。これこそが情報本来の姿だ。

 科学記者の視点でいえば、20世紀後半は情報の本質がベールを脱いだ時代だった。その一つは生命情報だ。1953年にDNAの二重らせん構造が明らかになった。そこではずらりと並んだ塩基が「文字」の役割を果たし、遺伝情報を綴っていた。生命の本質はDNAに書き込まれた情報であり、それが複製を繰り返すことで生き延びていく。情報は複製のしくみさえ整えば無限の繁殖力をもつのである。ネット時代の情報もそれだ。今回の政府原案が、こうした新しい情報観を反映させているとは到底思えない。

 読んでいて苦笑いしたのは、原案の第3条で「行政機関の長」に「特定秘密となるべき情報を記録する文書、図画、電磁的記録若しくは物件又は当該情報を化体する物件に特定秘密の表示をすること」を求めている箇所だ。「電磁的記録若しくは物件又は当該情報を化体する物件」という表現に苦心の跡が見える。表示とは、USBメモリーやSDカードにシールを貼ることなのか、あるいは記録した中身に印をつけることなのか。いずれにしてもここからは、情報をモノととらえていた時代の名残がみてとれる。

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筆者

尾関章

尾関章(おぜき・あきら) 科学ジャーナリスト

1977年、朝日新聞社に入り、ヨーロッパ総局員、科学医療部長、論説副主幹などを務めた。2013年に退職、16年3月まで2年間、北海道大学客員教授。関心領域は基礎科学とその周辺。著書に『科学をいまどう語るか――啓蒙から批評へ』(岩波現代全書)、『量子論の宿題は解けるか』(講談社ブルーバックス)、共著に『量子の新時代』(朝日新書)。週1回の読書ブログ「めぐりあう書物たち」を開設中。

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