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いま一度「最悪の事態」を話そう(下) ~ 「日本が3分割される」

竹内敬二 元朝日新聞編集委員 エネルギー戦略研究所シニアフェロー

 福島原発事故によって、いまだに14万人の人たちが、故郷を離れて生活している。チェルノブイリ事故とならぶ世界の原発史上、未曽有の事故だが、「東京さえ住めない」という事態にも紙一重だった。事故の後、多くの関係者がその危機を考えていた。しかし、当時は、それが社会全体で共有され、深く議論されることはなかった。

拡大2014年1月撮影の4号機の内部。朝日新聞撮影。爆発で壊れたままだ。4号機内には入ることが可能だが、1~3号機は放射線が高く、内部に入れず、何がどうなっているかも分からない。

 1)【東電】。3月14日深夜から15日未明にかけて、東電は「福島第一原発にはいられない」と認識して「第二原発への退避」を考えて、海江田経産相らに電話した。これがどの程度の撤退を考えていたかについて後に大問題になる。東電は、「何人を残し、原発をどうコントロールしようとしていたのか」について何も説明しない。

 2)【菅首相】。東電の申し入れに菅首相は「撤退は絶対にダメだ」と拒否し、15日午前4時ごろ清水・東電社長を官邸に呼び出して伝えた。清水社長は受け入れた。しかし、東電の姿勢がはっきりしないことから、菅首相は15日早朝、東電本社に乗り込んで多数の東電社員を前に演説した。

 「2号機を放棄すれば、1号機、3号機、4号機から6号機、さらには福島第二のサイト、これらはどうなってしまうのか。何カ月後にはすべての原発、核廃棄物が崩壊して放射能を発することになる。チェルノブイリの2倍から3倍のものが10基、20基と合わさる。日本の国が成立しなくなる。皆さんは当事者です。命をかけてください。会長、社長も覚悟を決めてくれ。60歳以上が現場へ行けばいい。自分はその覚悟でやる。撤退はあり得ない。撤退したら、東電は必ずつぶれる」(菅氏の著書からの抜粋)

 必死の思いが伝わる内容だが、その当日、発言の全貌はでてこなかった。「逃げたら、東電はつぶれる」「60歳以上は行け」などの言葉の断片だけが報道された。そして、一部始終がテレビ会議で録画されたはずなのに、この「菅首相の発言部分だけ」音声記録が消失したという極めて不可解な事態が起き、発言の全貌は長い間明らかにならなかった。

 私は東電撤退問題に対する菅首相の明確な「ノー」を支持するが、この後、社会にはなぜか、「菅首相は口を出しすぎて東電を困らせた」という報道、評価が広がった。

住める西日本・北海道と住めない中央部に3分割

 3)【吉田昌郎所長】。福島第一原発の吉田昌郎所長(故人)は、事故発生後、作家・門田隆将氏のインタビューを受けた。門田氏の著書「死の淵を見た男」の中に「最悪の事態とは、『チェルノブイリ事故×10』だった。吉田はそうしみじみと語った」との記述がある。チェルノブイリの10倍まで想定していたのである。

 4)【班目春樹原子力安全委員長】。同じ本に班目氏の認識も出ている。「最悪の場合は、吉田さんの言う想定よりも、もっと大きくなった可能性があると思います。福島第一が制御できなくなれば、福島第二だけでなく、茨城の東海第二発電所もアウトになっていたでしょう。そうなれば、日本は”三分割”されていたかもしれません。汚染によって住めなくなった地域と、それ以外の北海道や西日本の三つです。日本はあの時、三つに分かれるぎりぎりの状態だったかもしれないと、私は思っています」

 東京を含む日本の中央部から人間が消え、北海道と西日本だけに住む……。そんなことがありうるのか。

 5)【近藤駿介・原子力委員長】。事故直後、菅首相が近藤氏に事故が拡大した場合の想定をつくるよう依頼した。できたのが「福島第1原子力発電所の不測事態シナリオの素描」。これは内容のすさまじさから後に「最悪シナリオ」とよばれる。

 「水素爆発で1号機の格納容器が壊れたとする」と仮定し、「周辺の放射線量が上昇して作業員全員が撤退する。炉心への注水・冷却ができなくなった2号機、3号機の原子炉だけでなく、1~4号機及び使用済み燃料プールから放射性物質が放出される。強制移転区域は半径170キロ以上、希望移転区域は東京都を含む半径250キロ以上になる可能性がある」。これも東京まで影響が及ぶ想定である。

 6)【自衛隊】最近出版された「原発敗戦」(船橋洋一著)によると、自衛隊統合幕僚監部は3月20日ごろから「最悪の事態」に備えた「作戦計画」と「実施要項」の作成作業を本格化させたという。

 「フェーズ1:格納容器の爆発あるいは新たな建屋の爆発と東電・協力企業作業員全員の救出作戦。フェーズ2:福島県全域の避難作戦。フェーズ3:1~4号機の連鎖的メルトスルーの場合の半径250キロ県内の治安活動。ここではプルームが6時間後には東京を浮く無首都圏全域に広がる……」

地域防災計画は事故後の移住を想定していない

 このように事故後にさみだれ式に出てきた情報をみると、事故を間近で見た人、担当者の多くの人、組織は、「東京にも人が住めない状況が起こりかねない、ギリギリの状況だった」という認識をもっていたのである。しかし、事故が進行していた時期、この危機意識はあまり外部にでなかった。そしてこうした人たちの認識もばらばらで交換されたり、深められたりしなかった。

 それもあってメディアも本当はそれだけの危機の中にいることをうまく報じることができなかった。責任ある人たちがもっと積極的に話し、メディアも報道し、社会で議論すべきだったのではないかもしれない。

 私は菅首相の東電での発言が、その当日にすべて報道されていたら、その後の展開、原発事故の怖さの認識が変わっていたと思う。「なぜ、そこまで言うのか?」「そんなことまで考えないといけないのか?」という議論が起きただろう。音声が消えたことは、故意なのか偶然なのか。いずれにせよ、今に至る、原発事故の怖さを軽く見る風潮を生み出したきっかけの一つだ。

 それから3年。原発では再稼働が最大のテーマになっている。3年前に「日本が3分割される瀬戸際にいた」という認識は共有されていない。そのことが、地域防災計画、避難計画を軽視する雰囲気につながっている。

 避難計画について言えば、30キロ圏内の住民を短時間で移動させることには腐心しているものの、「そうやって避難した人たちが、いつまで、どこに住むのか」ということは考えていない。福島のような事故を考えれば、多くの住民が疎開、移住し、都市機能、県庁機能さえ移転しなければならない事態も起こりうるのに、本気で考える風潮はない。多くが避難計画ではなく、「避難『訓練』計画」にとどまっている。

 だれも口には出さないが、「福島のような大事故はもう起きないだろう。2回も起きるはずがない」という考えが広がっている。

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筆者

竹内敬二

竹内敬二(たけうち・けいじ) 元朝日新聞編集委員 エネルギー戦略研究所シニアフェロー

エネルギー戦略研究所(株)シニアフェロー。元朝日新聞編集委員。科学部記者、ロンドン特派員、論説委員などを務め、環境・原子力・自然エネルギー政策、電力制度などを担当してきた。温暖化の国際交渉、チェルノブイリ原発事故、3・11などを継続的に取材。著書は、電力業界が日本社会を支配するような社会産業構造がなぜ生まれたのか、なぜ福島事故がおきたのかを描いた『電力の社会史 何が東京電力を生んだのか』(朝日選書、2013年)。

※プロフィールは原則として、論座に最後に執筆した当時のものです

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