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続「人と科学を近づける」/NAIST東京フォーラム

柘植綾夫・日本工学会会長/小笠原 直毅・奈良先端科学技術大学院大学学長 

 科学を人間に近づけるにはどうしたらよいか――そんな問いを提起した討論会が昨秋あった。「奈良先端大(NAIST)東京フォーラム2013」(奈良先端科学技術大学院大学主催、朝日新聞社共催)のパネルディスカッション「これからの科学技術とそれを担う人材育成」だ。育ってほしい人材は、ただ研究に秀でているだけでなく、科学技術を世の中に近づける能力も求められる、という話になった。この議論は「人と科学を近づける」と題して朝日新聞11月8日付朝刊に載り、いまもデジタル版で読める。当日のパネリストだったお二人から、WEBRONZAに「話の続き」が寄せられた。

NAIST東京フォーラム2013のパネルディスカッションで活発な議論を交わすパネリストら=2013年10月18日、東京・有楽町の朝日ホール拡大NAIST東京フォーラム2013のパネルディスカッションで活発な議論を交わすパネリストら=2013年10月18日、東京・有楽町の朝日ホール

 科学界は、いま大騒動の渦中にある。再生医療につながる基礎科学の分野で、新しい万能細胞「STAP(刺激惹起性多能性)細胞」をつくった、と発表した若手研究者が世間の喝采を浴びた。ところがその後、論文に疑義がいくつも見つかり、一転して厳しい視線の矢面に立たされている。

 科学者は研究さえしていればよい、という時代ではないことを痛感させられる出来事だ。研究成果を得たならば、それを適正に発信しなくてはならない。そのためにはグループ内での入念なチェックが欠かせない。それでも意図せざる過誤は起こりうる。もし誤りが見つかれば、直ちに修正しなくてはならない。そして今回のような事態になったなら、科学界が自律して調査にあたり、世間に向けて検証結果を説明することが求められる。その最大の理由は、研究の支え手が納税者だからだ。

 ここで言えるのは、いまや科学界には、社会人感覚の研ぎ澄まされた人材が待望されているということである。新しい科学技術を適切なかたちで定着させるには、世間の側から科学技術を見る目がなくてはならない。まさに「人と科学を近づける」人材を育てる必要が出てきたのである。

 柘植綾夫さん、小笠原直毅さんから寄稿された論考は、こうした課題にどう向き合うかのヒントをもたらしてくれる。

(討論のコーディネーター・尾関章=科学ジャーナリスト)

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■「Σ:シグマ型」――統合能力人材を育てる大学院教育を

日本工学会会長 柘植綾夫

 科学技術と教育の一体的な振興は、日本と世界の持続的なイノベーション創出と未来の創造にとって不可欠な要であることは言うまでもない。ところが、この面で日本の現状が世界の潮流から大きく遅れつつあることの自覚が、日本の研究と教育界に乏しい。これが、国を挙げた科学技術・イノベーション創造立国に向けた効果的な挽回策の遅れにつながっている。

 第一の遅れは、東日本大震災と福島第一原発事故によって、科学者・技術者に対する社会からの信頼が崩壊したことによる。この結果、科学技術・イノベーションを基盤とする社会的、経済的な価値の社会実装のスピードが世界に遅れをとる事態にある。私は、国民が科学的、合理的思考を離れ、主観的、情緒的思考に立った判断と行動に傾斜していることを恐れる。科学者も技術者も、さらに教育者も、この傾向の回復に対して社会的使命をもつことを改めて自覚して、行動に反映させなければならない。

 第二の遅れは、持続可能な科学技術創造立国日本を実現する多様な人材育成と教育だ。初等中等教育から高等教育にわたる全教育段階で、この遅れは顕在化しており、政府で進行中の教育再生会議ではこの視座に立った効果的な教育再生が喫緊の課題である。

 とくに大学院教育では、先端科学技術革新を牽引する研究人材の育成と並行して、ますます巨大化、複雑化する社会経済(イノベーション)構造の社会実装のリーダー役を担う「統合能力人材:Σ型統合能力人材」を含めた多様な人材を育てる学部、大学院教育の複線化が求められている。

 この認識に立って教育・研究改革に取り組んでいる大学等の高等教育研究機関は、世界の潮流の速度と自らの改革速度とを絶えず比較し、潮流の先頭を切る教育改革の道を歩んでいるかを見極めながら、経営トップから教育研究の現場の教員・職員まで弛まぬ創意工夫を継続することが必要である。同時にその努力をする教育機関を教育・科学技術行政は一体的かつ効果的に支援するべきである。

 その実践の要は、「教育振興と科学技術振興とイノベーション振興の三位一体的推進」にある。初等・中等・高等教育のそれぞれの教育段階において、その学習と科学技術および社会経済(イノベーション)との関連も理解させることが肝要である。教育再生会議では、この視点からの教育改革も期待する。

 

■科学技術を面でとらえ、時間軸でも考える人材を

奈良先端科学技術大学院大学学長 小笠原直毅

 人と科学を近づける、すなわち、これからの新しい社会の創造を担う人材を育成するためには何が求められているか。今回の議論では、さまざまな分野で何が明らかになり、どのようなことが可能になっているか、科学技術の展開を面として俯瞰でき、新たな展開をデザインできる能力を養うことの必要性が浮かびあがりました。

 それに加えて、科学技術の社会に対する正と負のインパクトを歴史的に振り返り、現在の課題を考えるという時間軸に沿った視点からの教育も必要ではないかと指摘させてもらいました。たとえば、今、問題となっている中国の大気や河川の汚染は、わが国では1970年代に経験しています。それは科学技術と社会の間に緊張関係をもたらし、その結果、環境負荷の少ない技術の開発という課題が明確になりました。

 さらに科学技術自身も、人と科学を近づける方向に動いていることが現在の重要な特徴ではないでしょうか。

 バイオサイエンスの分野では、遺伝子の働きの原理が分子レベルで明らかになり、そして70年代に遺伝子クローニング技術が開発されたことで、さまざまな生物のさまざまな機能にかかわる分子プロセスの研究が可能となりました。その結果、代謝機能、細胞増殖、細胞間相互作用など、細胞や組織の中で働いているさまざまなプロセスが分子レベルで突きとめられ、分厚い教科書にまとめられています。しかし、生物の姿は、こうした分析的な研究のみでは理解できません。

 なぜなら、生物の中ではプロセス間の複雑な相互作用が起こっているからです。個々のプロセスの研究のみでは、生物の中でどのようなことが起こっているのか、その全体像を知ることはできません。

 この問題は、遺伝子の総体であるゲノムの構造、すなわちゲノムDNAの全塩基配列が決定できるようになったことで、原理的には突破できるようになりました。さらに最近、新型シーケンサーの登場によってゲノム配列決定が飛躍的に容易になり、「パーソナルゲノム」という言葉に象徴されるように、自然界に生きている生物個々のゲノム情報の解析が可能になりました。同時に、オミックス技術と総称されていますが、細胞や生物の中で、どのような分子が働いているかまで分析できる時代になりました。その結果、どのようなプロセスが、どのように相互作用をしながら、さまざまな生物が生きているのか、その姿をありのままに理解することが可能になったと言えます。

 生命科学がようやく人―ヒト―の生きものとしての実像に迫ってきたと言えるでしょう。
もちろん、生体内での諸分子の動態の分析技術も、得られたビッグデータをどう統合して生物を理解するかという情報処理もまだまだ未熟ですが、バイオサイエンスが新しい時代に入りつつあることは確かです。これからの科学技術を担う若者は、こうした変化をきちんと認識して、新しい科学技術の展開に主体的に参加してほしいと考えており、そうした教育も大学の重要な課題と考えています。

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 パネルディスカッションは2013年10月18日、東京・有楽町で開催。柘植さん、小笠原さんのほか、立命館大学国際平和ミュージアム館長モンテ・カセムさん、京都大学学際融合教育研究推進センター・デザイン学ユニット特定教授中小路久美代さんもパネリストとして参加した。その様子を伝える朝日新聞11月8日付朝刊の記事はこちら

 

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