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科学報道あらたな悩み、重力波を「見た」のか

尾関章 科学ジャーナリスト

 STAP細胞騒ぎで科学ジャーナリズムが混沌とするなか、もう一つ、悩ましいニュースが飛び込んできた。米ハーバード・スミソニアン天体物理学センターのチームが南極を舞台にした宇宙観測で「画期的」な発見をしたという発表である。

 どこが画期的かと言えば、宇宙は誕生後すぐに急膨張したというインフレーション理論の証拠を捕まえた観測だからだ。インフレーションがあれば、それによって時空のひずみが生まれ、重力波となって放たれる。今回は、その波の痕跡を見たというのである。これまで観測の目が届くのは、せいぜい大爆発(ビッグバン)の雲が晴れあがるころまでだった。それ以前の出来事は――たとえば、スティーブン・ホーキングの「虚の時間」もインフレーションも――理論はあっても実証が難しかった。近年は観測技術の進歩で様相が変わりつつあったが、今回は大爆発の雲の向こうまで見通した。観測に根ざす初期宇宙論のはじまりを告げる発表である。しかも、インフレーション理論の提唱者の一人は宇宙物理学者の佐藤勝彦さん(自然科学研究機構長)だ。今回の発見によって、この理論にノーベル賞が出る可能性は高まったのだから、日本社会は無関心ではいられない。

 では、どこが「悩ましい」のか。それは、これが重力波を「見た」ことになるのかどうか、という一点だった。

 重力波とは、アインシュタインの一般相対論が予言した「時空のさざなみ」のことだ。重力現象が引きがねとなって時空間のひずみが広がっていく。この波は、人間が腕を振り回すだけでも発生するが、それだと弱すぎてとらえられない。天体の合体や爆発で放たれるものなら、うまくいけば地球でも見てとれる。その一番乗りをめざして、日米欧のチームが競い合っている。日本では、東京大学宇宙線研究所が岐阜県神岡鉱山の地下にKAGRAという重力波アンテナを建設中。1辺3kmのパイプをL字形につなぎ、直交する2方向に光を行き来させて空間の伸び縮みを測る。観測が軌道に乗る2010年代後半には欧米の装置との競争が激しくなりそうだ。

 ところが今回、なんと別のところから、重力波観測のニュースが届いたのである。発表に先立って、うわさを報じたのは英紙ガーディアンだった。電子版の見出しは「重力波:米科学者たちはビッグバンのこだまを聞いたのか」「南極のBICEP(バイセップ)望遠鏡による重力波の発見は、科学者たちに宇宙がどう生まれたかについての知見を与えてくれるだろう」というものだ。得られたらしい成果を「重力波の発見」と言い切っていたのである。

 BICEPは電波望遠鏡であり、宇宙誕生直後の大爆発(ビッグバン)の名残である宇宙背景放射という電磁波を観測している。KAGRAやその競争相手の施設のように重力波アンテナとは呼ばれない。私はガーディアンの記事を見たとき、これは重力波の間接観測だな、と思った。間接観測なら初めてのことではない。それは、米国の宇宙物理学者ラッセル・ハルスとジョセフ・テイラーが1974年、連星系パルサーを見つけたことに始まる。この天体は高密な中性子星のペアであり、それらは互いの周りをぐるぐる回っている。回転の様子を調べるとエネルギーがだんだんと失われており、重力波として放出されていると考えると辻褄が合ったのである。78年のことだった。ハルス、テイラーは93年にノーベル物理学賞を受けた。授賞の報道資料(プレスリリース)は、その研究を「重力波の証し(demonstration)」と位置づけている。

 今回、ガーディアン記事が出てハーバード・スミソニアン天体物理学センターが正式発表するまでの間、私は友人の物理学者に「間接観測ですよね」と水を向けた。「間接」なら連星系パルサーの観測が過去にあるのだから今回の主役はインフレーションであり、重力波では大騒ぎすべきではない――そんな見立てがあった。ところが、これに対して「もしかすると『直接観測』と言えるのかもしれない」という意外な答えが返ってきた。 ・・・ログインして読む
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筆者

尾関章

尾関章(おぜき・あきら) 科学ジャーナリスト

1977年、朝日新聞社に入り、ヨーロッパ総局員、科学医療部長、論説副主幹などを務めた。2013年に退職、16年3月まで2年間、北海道大学客員教授。関心領域は基礎科学とその周辺。著書に『科学をいまどう語るか――啓蒙から批評へ』(岩波現代全書)、『量子論の宿題は解けるか』(講談社ブルーバックス)、共著に『量子の新時代』(朝日新書)。1週1冊のブログ「本読みby chance」を開設中。

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