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STAP細胞事件に見る法と科学の領空侵犯~侮蔑の連鎖を防ぐために

中村多美子 弁護士(家族法、「科学と法」)

 世間を騒がせているSTAP細胞事件について、4月9日の小保方晴子ユニットリーダーの記者会見に、弁護士が同席した様子に違和感を覚えた人もいるかもしれない。しかし、アカデミアの問題が法律家の世界に持ち込まれることはそう珍しいことではない。

 研究不正を理由とする懲戒処分に対する労働事件、研究不正とされたことに対する名誉毀損事件、研究者の処遇をめぐる人権救済申立など、自然現象を相手にするアカデミアの営みのなかで解決できなかった問題は、人と人との生々しい紛争となり、法律家の出番となるのである。

 たとえば自然科学の研究者が、研究不正の汚名を晴らしたいという強い思いをもって、弁護士の助力を求めることがある。そうした研究者の多くは、真実を明らかにすることこそ目的であって、懲戒処分や名誉毀損などの問題は副次的にすぎないとさえ思っている。

 しかし、こうした研究者による法への期待は、法律家からすれば、「科学から法への領空侵犯」のように感じられる。

 そもそも、アカデミアのように一定の構成員によって自主的なルールが取り決められているような場合、そのルールに基づいて決まったことには司法審査が及ばないという「部分社会の法理」というものがある。実際、科学として何が正しいのかという判断は、同じ研究者のなかでこそ下されるものであって、司法審査にはなじまない。

 自然科学研究の真実性のような問題は、法の世界に持ち込まれても、正直「困る」としかいいようがない。

 もっとも、科学と法にまたがる紛争が発生する以上、ある程度は法律家もその科学のことを理解せねばならず、その点で、法律家は困りつつも、科学の世界のルールによる法への領空侵犯を受け入れざるを得ない。

 STAP細胞の問題で言えば、研究の位置づけ、「捏造」、「改ざん」、「不正」のアカデミアにおける定義や、データの採取と保存方法、実験ノートのつけかた、画像の改変行為のアカデミアでの評価といった、いわばアカデミアのお作法について、どこまでが部分社会の問題かを判断するために、関与する法律家は相当程度理解する必要が出てくるのだ。

 ところが、科学の問題に法律家がいったん関与すると、

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筆者

中村多美子

中村多美子(なかむら・たみこ) 弁護士(家族法、「科学と法」)

弁護士(大分県弁護士会)。1989年京都大学農学部入学、翌年法学部に転入学。95年司法試験合格。京都大学博士(法学)。関心領域は、家族法や子どもの権利、そして「科学と法」。09年度から始まった科学技術振興機構(JST)社会技術研究開発センターの「不確実な科学的状況での法的意思決定」プロジェクト代表を務めた。日弁連家事法制委員会委員、大分県土地収用委員会会長、原 子力発電環境整備機構評議員。【2017年3月WEBRONZA退任】

※プロフィールは原則として、論座に最後に執筆した当時のものです

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