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論文不正を防ぐ根本的な構造変革とは

北野宏明 ソニーコンピュータサイエンス研究所代表取締役社長

 嫌な予感がした。WEBRONZAからSTAP細胞の議論に参加してくれという依頼だ。この件は、あまりにいろいろな話があって、しっかりした議論ができる材料がない。そもそも、実際に何が起きているのか、当事者や直接の関係者に聞くことも出来ないので、メディアに報道された範囲から論考するしかない。つまり、これは「生データを見ない状態」で議論を進めることに他ならない。ごく少ない「生データ」は、記者会見の無編集映像、配布資料、そして元の論文である。普通なら、引き受けない。

 さらに、私は、昨年4月から理化学研究所の統合生命医科学センターに非常勤のグループ・ディレクターとして研究室を持ってしまっている。今回の案件には当然関わっていないが、理研に関わっているという広い意味では利害関係者である。さらに、Natureに関しても、Nature Asia-Pacificのお花見の会で乾杯の音頭をとってしまったばかりである。これも中立とは言いがたい。一般に、論文では、著者の潜在的バイアスなどを推し量る材料として利益相反事項が開示される。それに従って、ここでも利益相反の開示をさせていただく。

 現在、だれに責任があるかの議論や、背後関係、はたまた陰謀論などまでがネットで流布され、さながら「祭り」の様相を呈している。しかし、ここでは、それらには言及しない。理由は明確で、いろいろ調べたが、限られた資料と伝聞(報道など)からでは、誰かの責任を問うような議論を公共の場所ですることは出来ないと考えたからである。つまり「生データ」を見ることが出来ない人間が責任ある論評はできないということである。さらに、当事者が記者会見で、「何かを行なった」とか「誰が何をした」と発言した場合でも、このような状況では、そのこと自体が事実かどうかの検証が必要である。

 それよりも重要なことは、このようなことが起こる根本的な原因を変革することであろう。今回の大きなポイントの一つに、生物学における再現性の問題がある。今回の事例以外にも、再現性に乏しい研究報告は生物学ではかなりの割合で存在する。その多くは、偽造とか不正があった訳でもなく、実験条件のばらつき、特殊な手技を必要とするもの、実験動物の個体差や環境要因など、多くの要因によって起こる。例えば、同じ研究室で、全く同じ種類の細胞に、同じ刺激を与えたとしても、培養に使う血清培地のロットが違えば大きく異なる結果になるなどの現象は、普通に観察される。だから論文に書いてある通りに実験しても再現されないことは多く、それ自体でおかしいということには必ずしもならない。しかし、いろいろな試行を重ねても再現できないと、その結果に疑問がでてくる。

 さらに、高度な手技やノウハウを門外不出にして、他でも再現を遅らせたいという欲求を持つ場合もあるであろう。「我々の所ではうまく行くが、あいつらの所では、うまく行かないだろう」等という発言もよく聞く。これは、実験スキルの問題という側面と、再現性を担保するカルチャーが、希薄であるということが大きい。

 高エネルギー物理学を見てみよう。ヒッグス粒子の発見は、ATLAS実験とCMS実験という二つのチームによる結果が出そろってはじめて確認されるという経緯をたどっている。これは、高エネルギー物理学の世界では、標準的に行なわれることである。ここでは、おかしなことが行なわれる余地は、極めて低くなる。

 では、生物学で、そのようなことが可能であろうか? これは十分可能であろうと考える。例えば、

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