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自然科学の論文も社会科学の論文も歪んでいる

湯之上隆 コンサルタント(技術経営)、元半導体技術者

 自然科学と社会科学の差を問われたとしたら、私は、「論文の著者の数」と答える。自然科学の論文では共著がほとんどであり、しかもその著者数が多い。一方、社会科学論文では基本的に著者は一人、つまり単著である。これが、自然科学と社会科学の大きな差であると思っている。

 私は物心ついてから理系の道を歩み、大学は理学部物理を卒業し、大学院は工学部を修了して、半導体技術者になった。その間、理工系の論文をせっせと書いてきたが、単著の論文は一つもない。多くが5~6人の共著の論文である。その理由は、サンプルの作成、実験の遂行、結果の解析に、多くの協力者を必要とするからである。

 世間の自然科学の論文を見てみると、例えば、新規の半導体デバイスの開発などの場合には、関わった研究者や技術者をすべて列挙するため、著者の数が十数人 ~数十人以上にもなる論文も珍しくない。さらに、加速器を使った素粒子実験では、著者数が千人を超える論文もあるという。

 このように著者数が多い自然科学論文では、本来なら共著者になる資格はないのに、研究室のボス教授や所属部署の部長などの上司を、当たり前のように共著者に加えるケースも散見される。

 前回の記事で、理化学研究所の笹井芳樹氏のギフトオーサーシップの問題を取り上げたが(WEBRONZA 2014年4月21日)、それはこのような歪んだ自然科学論文の風潮から生じたのかもしれない。

 一方、単著が基本の社会科学論文もまた歪んでいる。私は、日立製作所を辞めた後に、同志社大学の社会科学(経営学)の教員となった。その際に、論文の著者数の文化の差に、大きく戸惑った。その経緯を紹介したい。

 私は、

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筆者

湯之上隆

湯之上隆(ゆのがみ・たかし) コンサルタント(技術経営)、元半導体技術者

1987年京大修士卒、工学博士。日立などで半導体技術者を16年経験した後、同志社大学で半導体産業の社会科学研究に取り組む。現在は微細加工研究所の所長としてコンサルタント、講演、各種雑誌への寄稿を続ける。著書に『日本半導体敗戦』(光文社)、『電機・半導体大崩壊の教訓』(日本文芸社)、『日本型モノづくりの敗北-零戦・半導体・テレビ-』(文書新書)。趣味はSCUBA Diving(インストラクター)とヨガ。 【2016年8月WEBRONZA退任】

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