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ダライ・ラマとの対話〜仏教科学と近代科学、そして聖性

下條信輔 認知神経科学者、カリフォルニア工科大学生物・生物工学部教授

 先月京都で、ダライ・ラマ14世と科学者・思想家の対話イベントが催された(4月11〜12日、於京都ホテルオークラ)。筆者も参加して感銘を受けたので、レポートしたい。

 冒頭のあいさつで、法王は次のように語った。「この対話は25年以上続けているが、仏教が歴史的に文化の一部であるアジア、とりわけ日本で開催できることは喜ばしい」「こころや脳の問題などにテーマを絞って」「古代インド以来の仏教的なこころの科学と、近代的な科学が対話する」ことで「助け合うことができるのではないか」と。

 周知の通りダライ・ラマ (Dalai Lama)とは、チベット仏教で最上位の存在である。モンゴルでの通称で「大海たる師」を意味し、歴代の転生者は、慈悲を本質とする観音菩薩の化身とみなされている。観音菩薩は、衆生を救済するために涅槃に入らず転生することを誓願された存在、と信じられている。17世紀中頃以降、歴代ダライ・ラマは、宗教的権威と君主の立場を兼ね備えた絶対的な存在として、あがめられてきた(ウィキペディア等による)。

 中でも現ダライ・ラマ14世(1935〜)は、国際政治の波乱の中でその指導力を発揮してきた。1959年のチベット動乱に伴い、通称チベット亡命政府(正式には中央チベット政権)を樹立。2011年に政治的指導者としての権限を委譲した後も、チベット人と世界中の仏教徒の精神的指導者として活躍し続けている。1989年のノーベル平和賞受賞で、その国際的影響力は増した。またかねてから科学に高い見識を持ち、特に神経科学者・心理学者との対話を精力的に進めて来た。たとえば2005年米国神経科学会年次大会のサテライトでは、(宗教家として前例のない)講演を行い、実に3万人の聴衆を集めた。

 今回の催しも法王自身の肝入りで、「マインド・アンド・ライフ」研究所から京都大学こころの未来研究センターに提案があったと聞く。この研究所は法王が起業家 R. A. エングルや神経科学者 F. ヴァレラと共に創立し、科学との対話や研究・教育事業を精力的に推進している。

 まず、仏教学の今枝由郎氏(元フランス国立科学研究センター 研究ディレクター)が、「自分の研究の話をしようと思ったが、文字通り釈迦に説法だと気づいた」とユーモラスに語りだした。そして日本とチベットの仏教の比較論を展開。「日本の仏教はいわゆる葬式仏教に堕しているが、チベットでは宗教として生きていて、思索がある」と自身の実感を語った。対して法王も 「チベットでも一般民衆に聞けば、そもそも仏教の教理が何かさえも知らない」「宗教家になるには勉強が必要だが、生活習慣も大切」と笑顔で返した。

 この後日本側からは、「芸術と比べる数学:求めるのは応用、真理、それとも美」(森重文 京都大学数理解析研究所教授)、「文化神経脳科学:文化・脳・遺伝子の結びつきを探る」(北山忍 ミシガン大学教授/京都大学こころの未来研究センター特任教授)、「子どものこころを探り、ポジティブな学校環境を育てる:エビデンスベース心理学の実践」(松見淳子 関西学院大学教授)、「コンピュータはどこまで人間に近づけるか」(長尾真 元京都大学総長)など、多様な分野からのレクチャーがあり、それぞれ法王との間で興味深い対話が交わされた。

 マインド・アンド・ライフ研究所側からのプレゼンターとしては、「ダライ・ラマの通訳」として知られるT.ジンパ マギル大学兼任教授から「仏教心理学と瞑想実践に関する考察」と題する入門レクチャーがあった。その他量子物理学、神経科学、心理学、仏教実践など、多角的な問題提起があった。中でも「瞑想の脳科学的検証」と題して、短期間の瞑想でも脳活動に変化が見られることを示したR.デビッドソン教授(ウィスコンシン大学)の講演が興味を引いた。同教授は、幼児でも選択肢があるときには利己的よりは愛他的な行動を選ぶという、意義深い知見も示した。またターミナル・ケアのための訓練プログラムを実践する仏教家ジョアン・ハリファックス女史や、同じく仏教家バリー・ケルジン氏の「情動の可塑性」に関する報告も、聴衆の共感を呼んだ。

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 筆者も「潜在的なこころ:共感とリアリティの共有」と題してレクチャーした。冒頭で

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筆者

下條信輔

下條信輔(しもじょう・しんすけ) 認知神経科学者、カリフォルニア工科大学生物・生物工学部教授

カリフォルニア工科大学生物・生物工学部教授。認知神経科学者として日米をまたにかけて活躍する。1978年東大文学部心理学科卒、マサチューセッツ工科大学でPh.D.取得。東大教養学部助教授などを経て98年から現職。著書に『サブリミナル・インパクト』(ちくま新書)『〈意識〉とは何だろうか』(講談社現代新書)など。

※プロフィールは原則として、論座に最後に執筆した当時のものです

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