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「カンデル神経科学」が日本語で読めるようになった

高橋真理子 ジャーナリスト、元朝日新聞科学コーディネーター

 神経科学の泰斗エリック・カンデル(2000年ノーベル医学生理学賞受賞者)が中心となって著した大部の教科書が、日本の一線の脳科学者たち約100人によって翻訳された。1年前に発刊された最新版の完訳だ。百科事典と同じ判型で、1647ページ。厚さは5センチある。手にするとずっしり重い。グローバル化がかまびすしく唱えられる中で、大学生向けの教科書の和訳が出ることにどれほどの意味があるのかと訝(いぶか)しむ向きは多いだろうが、世界が驚く日本の戦後の高度成長は、自国語で高等教育ができたことが大きく寄与している。脳神経科学の研究に各国がしのぎを削っている今、そして、アルツハイマー病や脳血管障害の後遺症に苦しむ人たちのケアを社会全体で担う重要性が叫ばれている今、定番の教科書がわかりやすい日本語で上梓された意義は小さくない。

翻訳された「カンデル神経科学」

 「神経科学者にとっては、バイブルと言ってよい神経科学の解説書」と、訳者の一人である持田澄子東京医科大教授はいう。監修者である宮下保司東大教授は「1981年発行の原著初版にはじめて出会って以来、私自身は自分の専門領域外の知識のアップデートの必要性を測る手引きとして使ってきた。しかし、それ以上に、研究室に集まった学生・院生・ポスドク達に、まず読んで貰う神経科学教科書の第一選択肢だった」と語る。研究室に入らない学生たちにも、機会があれば「神経科学の全体像を把握することの重要性を説くとともに『カンデル神経科学』を読むことを勧めた」という。

 まさに全体像が示されているのがこの本の特徴だ。神経細胞の細胞生物学・分子生物学から知覚や運動という脳科学の王道が解説されているのは当然として、「情動と感情」「てんかん発作とてんかん」「睡眠と夢」「神経系の性分化」「脳の老化」「言語」「統合失調症」「気分障害と不安障害」「自閉症およびその他の神経発達障害」「学習と記憶」といった日常生活に深くかかわるテーマも網羅されている。

 「ただ単に事実を羅列しただけの百科事典のようなものであってはならず、基本的な原理を詳細に解説したテキストであるべき」と考えてつくったと、カンデル氏を始めとする4人の編者は前書きで語っている。その方針を貫いたのは、

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