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「肥満列車」が教える小さなミスの大きなロス

尾関章 科学ジャーナリスト

 海外ニュースに日々さらされている私たちだが、伝えられない事件も多い。日本では、とりわけ欧州のニュースがアフリカや中南米などと並んで手薄のようだ。政治や経済の動きが、米国や中国ほどに直接の影響を日本に及ぼさない、ということがあるのだろう。フランスで起こった「肥満列車事件」もその一つ。日本メディアでも一部で報道されたが、あまり世間の話題にはなっていない。5月25日放送の「NHK海外ネットワーク」ではトピックスの一つという扱いだった。

 これは、フランス国鉄が大量の列車を発注したが、後になって車幅が広すぎることがわかり、相当数のプラットホームを削らなければならなくなったという話だ。風刺の利いた報道で知られるフランスの週刊紙カナール・アンシェネが5月21日号ですっぱ抜き、以来、英国BBCや有力紙も一斉にとりあげた。英紙インディペンデントは“too fat train(太り過ぎ列車)”と書いている。笑い話のようではあるが、笑って済まされない損害を引き起こした椿事だ。遠い国にいる私たちも知っておいたほうがよいだろう。

 概略を、英紙ガーディアン電子版の報道に沿って素描してみよう。問題の列車は、フランス国鉄(SNCF)が地方交通網の充実をめざして導入しようとしている地域急行用の列車群。これから2016年までの間に順次走らせる計画だった。列車の数はカナール・アンシェネ紙によれば「1860本」、だがガーディアン紙がSNCFに確認したところでは、それほど多くはなく341本だという。

 これらの列車は、フランス国内のすべての駅に停まれないわけではない。プラットホームを引っ込めることになったのは、半世紀以上も前に造られたままの駅に限られるという。寸法の違いは「数センチ」ということだが、改修を求められたホームの数は1300カ所。そのために総額5000万ユーロ(約70億円)の費用がかかると見積もられている。SNCFなどの発表では、1300カ所という数字はフランス鉄道網全体からみると15%程度に当たるらしい。

 どうしてこんなことが起こったのか。そこには、フランスの鉄道事情がある。SNCFは鉄道の運営企業であり、これとは別に鉄道網を所有して維持管理するRFFという公社がある。1990年代後半、シラク大統領時代の政府が二つに分社化したのである。で今回は、線路とホーム先端がどれだけ空いているかというデータがRFFからSNCFに送られたのだが、それが、ここ30年の間に整備されたホームのものだけだったという。昔のままのホームの存在は無視されたというわけだ。

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筆者

尾関章

尾関章(おぜき・あきら) 科学ジャーナリスト

1977年、朝日新聞社に入り、ヨーロッパ総局員、科学医療部長、論説副主幹などを務めた。2013年に退職、16年3月まで2年間、北海道大学客員教授。関心領域は基礎科学とその周辺。著書に『科学をいまどう語るか――啓蒙から批評へ』(岩波現代全書)、『量子論の宿題は解けるか』(講談社ブルーバックス)、共著に『量子の新時代』(朝日新書)。週1回の読書ブログ「めぐりあう書物たち」を開設中。

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