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[1]「脱法ハーブ」の悲劇をどう防ぐ? そもそも「脱法」とはどういうことか?

下條信輔 認知神経科学者、カリフォルニア工科大学生物・生物工学部教授

拡大24日午後7時55分ごろに東京・池袋の歩道に乗用車が突っ込み、男女8人が次々とはねられた事故現場を実況見分する捜査員ら=25日午前0時過ぎ、東京都豊島区西池袋1丁目、牛尾梓撮影

 「脱法ハーブ」絡みの事件が相次いでいる。特に東京・池袋駅前で 、車が歩道を暴走、歩行者1人が死亡、7人がケガをした事件はまだ生々しい(6月24日夜)。逮捕された男は「脱法ハーブを池袋周辺で買い、車の中で吸った」と供述。 これであらためて、法的に灰色の「脱法ハーブ」に注目が集まった。事故のあった豊島区では、1000人規模の「脱法ハーブ撲滅集会」が行われた。だが皮肉にもその同じ日(7月5日)に、 またもや脱法ハーブ吸引(?)による逆走、致傷事故が起きる(東京北区)など、止みそうにない。

 ただこの問題は今に始まったことではない。大都市では、脱法ハーブ(薬物)の急性中毒で救急搬送、さらには死傷といった事件が、この10年ほどの間にたびたびニュースとなり問題化していた。

 今回の一連の報道で、この裏ビジネスの狡猾(こうかつ)さに筆者は舌を巻いた。脱法ハーブを「お香」と称して販売し、最近ではわざわざ「吸引用ではありません」と但し書きしてあったりするという。それで当局の追及を逃れ、一方ユーザーには、「実は内緒だが、吸引するといいことがある」と暗にアピールしている。

 そもそも脱法ハーブとは何か。いわゆる麻薬や覚醒剤とは、どう違うのか。取り締まりは、いかにも後手に回っているのではないか。そして今後はどうなるのか。筆者は専門家ではないが、専門家の助言を受けつつ、どうすれば悲劇を防げるか考えてみたい。

脱法ハーブとは何か


 今回池袋の事件で問題になったいわゆる「脱法ハーブ」とは何か。通常のハーブなどの乾燥植物片に「合成カンナビノイド」と呼ばれる薬物をスプレーしたり、染み込ませたりしたものを指す。ただし後で述べるように成分の同定は必ずしも容易でないし、最近では他の脱法ドラッグを混ぜたものが出回っている。今回の容疑者は明らかに急性の症状を呈していることなどから、そういう可能性も否定できない。なお薬物を染み込ませた植物片ではなくて、リキッドや粉末など別の形態のもの、成分の異なるものを総称して「脱法ドラッグ」と呼ぶ。

 もともと「カンナビノイド」とは、大麻(マリフアナ)に含まれる有効成分、THC(デルタ9-テトラヒドロカンナビノール)のことだ。そして「合成」カンナビノイドとは、このカンナビノイド分子に系統立った改良を加えて、より強力な精神作用を持つようにした人工化合物を指す。その有名な例として、JWH-018がある。これは2005年ごろから「スパイス」の通称で特にヨーロッパで大流行した喫煙ブレンドの主要成分だ。

麻薬や覚醒剤とは違うのか

 違法な薬物は、「麻薬及び向精神薬取締法」や「覚醒剤取締法」などの薬物取締法で規制対象になっている成分を含む。これに対して「脱法ハーブ(ドラッグ)」は、そうした成分を含まない。だがたいていは、そうした規制薬物のアナログ(類似薬物)を含んでいる。危険性も基本的には一緒で、何十倍も強力なものも出回っている。その上「脱法」であるため製造元や販売ルートも不明なことが多く、本当のところどんな危険な成分が混じっているかわからない。

 ユーザーや業者が「合法ハーブ(ドラッグ)」とも呼ぶのに対し、厚生労働省は「違法ドラッグ」の呼称を推奨してきた。「合法」と呼びたくない厚労省当局の気持ちはわかるが、この呼称だと薬物取締法の直接の規制対象との区別がつかないので、無理がある(7月5日付で、厚労省は警察と共に、新しい呼称を募集)。

 以上は法的な問題だが、あくまで薬理学・神経科学的な立場から、脱法ハーブを麻薬や覚醒剤と比較することももちろんできる。いわゆる「麻薬」がどうして脳に作用し、習慣性・中毒性を持ち、害を及ぼすのか。これは大き過ぎるテーマなので専門書に譲るとして、ここでは簡単に、次のようにまとめておこう。

 一般に麻薬が精神作用を持ち、また習慣性から中毒になりやすい危険を持つ理由は、脳内の「神経伝達物質」と関係している。いわゆるドラッグ(麻薬)は、神経伝達物質のふりをして受容体に取り付くもの(アゴニスト)、神経伝達物質の働きを抑えてしまうもの(アンタゴニスト)、受容体そのものを変えてしまうもの、などいろいろある。脱法ハーブといえどもここは麻薬と原理的に違わない。

 カンナビノイドは、実は私たちの頭の中にもある。これを「内因性カンナビノイド」という。内因性カンナビノイドの作動機序は、実はごく最近になって解明されてきた。どうやらシナプス(神経接合)伝達を調節する らしい。ただし普通のシナプス情報伝達とは方向が逆で、シナプス後部のニューロンで作られ、シナプス前終末に到達。そこに局在する1型カンナビノイド受容体(CB1受容体)を逆行性に活性化する。それによって、神経伝達物質の放出を抑制する(谷村ら、2011、『生化学』83-8)。

 このメカニズムによって内因性カンナビノイドは、記憶、認知、不安、痛み、肥満や依存症などに関与する。一方マリフアナの主成分であるTHCや、人工的に合成された脱法ハーブの成分は、カンナビノイド受容体のアゴニストとして作用し、その機能を攪乱(かくらん)する。それによって 幻覚、高揚感、不安の軽減、鎮痛、運動障害など様々な精神神経作用を引き起こすと考えられる。

 このように「脱法ハーブ(ドラッグ)」は薬理学的には、いわゆる麻薬と違わない。ならばなぜ脱法ハーブだけが取り締まりの対象から逃れ、野放しに近い状態なのか。次稿ではこの疑問に答えよう。

 

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筆者

下條信輔

下條信輔(しもじょう・しんすけ) 認知神経科学者、カリフォルニア工科大学生物・生物工学部教授

カリフォルニア工科大学生物・生物工学部教授。認知神経科学者として日米をまたにかけて活躍する。1978年東大文学部心理学科卒、マサチューセッツ工科大学でPh.D.取得。東大教養学部助教授などを経て98年から現職。著書に『サブリミナル・インパクト』(ちくま新書)『〈意識〉とは何だろうか』(講談社現代新書)など。

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