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[1]STAP騒動とは何なのか 白日のもとにさらされた共著論文の危うさ

大隅典子×最相葉月×高橋真理子

高橋真理子 ジャーナリスト、元朝日新聞科学コーディネーター

 WEBRONZAは7月14日に丸の内3×3 Laboで、日本分子生物学会理事長でもある大隅典子東北大教授とノンフィクションライターの最相葉月さん、朝日新聞編集委員の高橋真理子でSTAP騒動を語り合うトークイベントを開いた。その詳報を5回の不定期連載としてお届けする。

高橋 今日は、WEBRONZAがSTAP論文問題をどのように取り上げてきたか振り返りながら進めましょう。始まりはこの新聞記事でした。1月30日付朝刊で各紙とも大きく取り上げ、テレビでも盛んに報道されました。このときの感想は――。

大隅 私は応用面というよりは、生命科学の非常に根源的な問題を新たに発掘されたという意味で非常に面白いと思いました。また若い女性の研究者が筆頭著者で、責任著者でもあったので、ぜひ次世代のリーダーとして頑張ってくれる人になってほしいなと、そのときは本当に思ったんですね。

最相 私は、実はあまり関心がなかったんです。クローン羊ドリー誕生の発表(1997年)の翌年から再生医学に関する取材を始めたのですが、STAP細胞は真理を探究するサイエンスというよりもやってみたら出来たというテクノロジーの話だなという印象を非常に持ちましたから。ただ、今回は笹井(芳樹)先生や若山(照彦)先生といった実績ある科学者の方々が支えておられる研究で、しかも『nature』に発表されたわけですから、そこに不正があるとは思わなかった。

高橋 誰も思わなかったと思います。しかし、まずネットでこの論文にはおかしいところがあるという指摘が出た。朝日新聞がそれを取り上げたのは2月17日夕刊が最初です。WEBRONZAに初めてSTAPの記事が出たのは2月7日です。このときは大発見として解説しています。ちなみに今日まで41本の関連記事がWEBRONZAに出ました。

最相 若山さんが撤回したいと最初に呼び掛けられたのは、3月中旬でしたね。そのときの朝日新聞によると「自分の実験の意味が分からなくなった」とおっしゃっている。あれ、この論文はいったいどういうふうに書かれたんだろうと非常に疑問に思いました。ヒトゲノム解読計画以降、共著者が何十人も並ぶ論文は珍しくなくなりましたが、今回の共著者の分担はどうなっていたのか、一人一人の研究者が全体像をちゃんと理解していたのか。

7月14日に丸の内3×3 Laboで開かれたWEBRONZAトークイベント

大隅 『nature』論文には誰が何をやったか一応書いてあるんですね。H.O.というのが小保方さんで、Y.S.が笹井芳樹さん、T.W.が若山さんですね。H.O.、T.W.さんとY.S.さんが実験をやりました。(ハーバード大学の)バカンティ先生とか、それから(東京女子医科大学の)大和(雅之)さんは直接、実験の手を下しているわけではないんだけれども、例えば次にこんな実験をやったらいいんじゃないのといったアドバイスをしたので、「一緒にデザインしました」という言い方をする。プロジェクトを評価した人の名前も書いてある。

 現在の生命科学の論文の多くが共同研究としてなされているわけですが、自分の担当以外は分からないという言い方をされることがあり得なくはないと思います。ただし、コレスポンディングオーサー(責任著者)が小保方さんとバカンティさんなので、お二人は全体を把握してないといけないということになります。

最相 若山さんが撤回の発言されたときに、非常に怖いなと思ったのは、共著者の中に1人でも悪意をもつ人がいた場合、その人が原因で論文が撤回されたら全員の経歴に傷が付くことです。信頼関係だけで論文が作られるというのは非常に危ういものがあるんじゃないか。

大隅 はい。実際にそうだと思います。私たちは信頼関係に基づいて共同研究を組んでいくので、いちいち相手のことを心情的にはチェックしにくい。ですので、例えば『nature』の投稿規定の中には、それぞれのパートの責任者がきちんと自分たちの実験を確認してくださいねと書いてあります。

高橋 4月1日に理研調査委員会の記者会見があり、その翌日に公開された私の原稿が「捏造論文史から占うSTAP事件の今後」です。このとき私が占ったのは「泥沼化する」。当たっていたなと思うんですけど。

大隅 そうですね。本当に私自身も予期しない方にどんどん展開しているような印象を持っています。

高橋 4月7日には、バイオサイエンスの研究者である佐藤匠徳先生が書いた「実験ノートの基本:日付と生データは必須、実験室外持ち出し禁止」が公開されました。

大隅 実験ノートは歴史を振り返ればいろいろな書き方がされてきていますし、過去、著名な科学者でも実験ノートがちゃんとしていない方がいらっしゃったのも事実なんです。佐藤先生は非常にアメリカが長かった方なので、アメリカ流のスタイルが身に付いていらっしゃる。実験ノートの意味は特許の問題が出てきて変わったと思います。ちゃんと日付が入って、何をやったかをきちんと書いておかないと、発見者が誰か分からなくなるからです。つまり、そのぐらいの時点から、ほかの人が読んでも理解できなければいけないという方向にシフトしたと思うんですね。

最相 すごく基本的なことをお尋ねしますけれども、ノートは鉛筆で書いちゃいけないんですよね?

大隅 そうです。もし間違ったら、上から線を引いて消しましょうということになっています。

最相 ホワイトなんかは使えない。

大隅 もちろん使えません。

最相 もし、データとか写真を添付する必要がある場合、どうしたらいいんですか。

大隅 それはプリントアウトをぺたぺた貼ります。セロハンテープでも、スティックのりでも何でもいいんです。もちろんコンピューターの中にもいろいろなデータは残りますけれども、でも可能な限り、証拠としてプリントアウトしたものを貼っていきます。

最相 そのノートは最終的にはどこに保管されるのですか? 保管されている間は他の人間は触れないとか、そういう決まりごとはあるんですか?

大隅 まず保管は本人がしていますね。いつでもそのノートに戻って議論ができるようにしていて、例えばその人が卒業してしまったというときには、責任著者になるであろうラボチーフに渡す。もし本人が持っていきたい場合には、コピーの方を持っていくというのが、一応、世界共通の今のルールになっていると思います。      (続く)