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[2]STAP騒動とは何なのか STAPはあったとしても「大発見」ではない

大隅典子×最相葉月×高橋真理子

高橋真理子 ジャーナリスト、元朝日新聞科学コーディネーター

7月14日のWEBRONZAトークイベントの採録を続ける。

最相 2006年に大阪大学の生命機能研究科で捏造事件があって、そのときの調査委員会の報告書や懲戒免職になった元教授の意見書を読んだことがあるのですが、元教授は7年間分のノートが紛失したといっている。そんなこと今の今まで気付かなかったのかということがすごく不思議でした。

大隅 その事件は詳しく知らないんですが、実験ノートをどのぐらい大事だと思うかは、時期により人により違うかもしれません。

高橋 ノートをなくしたというのは、捏造したときの典型的な言い訳なんです。ところが、このSTAPの場合は違う。「なくしました」じゃなくて、「そもそも付けていません」というんですから。そこはまったく悪びれてないというか。だから、どれだけ悪意があったのかは、私はいまだに分からないと思うんです。それで4月9日に小保方さんの会見があったとき、彼女に対する同情論が日本全国にわき上がった。あのときよく聞かれたのは、「笹井はどうした」という怒りの声で、それで16日に笹井氏本人が会見をするという流れになりました。

 小保方会見の後にカリフォルニア工科大学の下條信輔先生が書かれたのが「小保方会見で解明されなかった問題は何か~ 大隅典子教授に問う」です。9日に会見があって、それを受けての記事が11日に載っていることにご注目ください。我々新聞記者はそれが当たり前ですけれど、研究者にとってはすごく大変なことだと思います。

大隅 下條さんも私も、何かアクションをしようというときはわりと早い方だったので、時差もありましたけれども、むしろその時差があるから寝ている間に向こうがやり、こっちがやりという、そういった形でうまくコラボレーションができたかなと思います。

最相 この記事で私が非常に興味深かったのは、「選択」と「誘導」の話です。バカンティさんの発見というか、それは証拠がないわけですけど、細いガラス管に通して多能性のある細胞を「選別」するというものだった。つまり生体内に多能性幹細胞が存在しているという考え方です。一方の小保方さんは弱酸性の溶液に漬ければ初期化して多能性を「誘導」できることを発見したと言っているわけですね。でも選別に関しては出澤真理・東北大教授のMuse細胞がありますし、誘導に関しては遺伝子導入を用いるiPS細胞のほか、低分子化合物を加える方法や酵素処理などすでにたくさんの事例があって新規性はない。たとえSTAP細胞が本当だったとしても、多くの再生医療の研究者は「酸処理でうまくいくなら、とても簡便な新しい誘導方法の一つですね」というぐらいのリアクションだろう。大隅先生はそうおっしゃっていた。やっぱり専門家とそうではない人では受け取り方が全然違う。そこが印象深かった。

大隅 そうですね。私自身は再生医療や幹細胞の専門家ではありませんが、毎年医学部の学生さん相手に発生学を教えている立場でもあります。そこから見ると今回のポイントは非常に簡単な酸浴で誘導できるというところだったと思います。この発想に至った経緯としては、バカンティさんの論文で細い管のところを通すと選別されると言っているのがあって、もしかすると通している間に選別じゃなくて誘導されるのではないかというのが新しいアイデアだった。どなたが言いだしたのかは定かでありませんが。

 科学の場合、新しいアイデアがいろいろなディスカッションをしている間にふっとわいて出てきて、誰が最初にそれを言いだしたのか後になったら分からないということは結構あると思います。でも、だからこそ、それを証明した人が一番大事なはず。おいしい賞をもらうことができるとしたら、それはちゃんと証明した人なんじゃないかと思うんです。

高橋 『nature』の論文にはビデオ映像が付いています。笹井さんは「STAP現象はあり得る」と会見で主張されたわけですけど、そのときの根拠の1つがこの映像なんですね。これは自動的に機械が勝手に撮影しているもので、人の手はまったく入ってない。見ているとだんだん緑に光ってくる細胞がある。これはSTAP現象があると考えないと説明できないというのが笹井さんの説明でした。けれども、大隅さんはかなり早い時期から、これは別にSTAP現象じゃなくても説明できるとおっしゃっていましたね。

大隅 はい。

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