メインメニューをとばして、このページの本文エリアへ

RSS

「STAP細胞はありえる」―DNA操作なしで万能性獲得の可能性示す― 米本昌平 × 尾関章トークセッション(1)

まとめ:尾関章

米本昌平、尾関章

 2014年年頭から続くSTAP細胞騒動は、今日の科学技術の歪みをまざまざと見せつけています。 それは決して、一群の研究者に不正行為があったのかなかったのか、で済まされる問題ではありません。

 この騒動で浮かびあがった自然科学研究の現況とその問題点を科学史・科学論の研究者である米本昌平氏と経験豊富な科学ジャーナリストの尾関章氏がWEBRONZA主催のトークセッションで、語り合いました。その模様をご紹介します。

 なお、セッションは6月25日、東京・丸の内の3×3Laboで行われました。

おことわり》 ここでは、論旨を明確にするため、当日話された内容を発言者が加筆、手直ししたものを収録しています。


拡大

 尾関 米本さんは、『エコノミスト』4月15日号掲載の「読書日記」欄や『中央公論』4月号にSTAP細胞研究擁護論をお書きです。先週またお会いして、ちょっと考え方が変わったんじゃないですかと聞いたら、まったく変わっていないというお話でした。

 米本さんは、STAP第1報の新聞報道に対しては非常に厳しい。それから理研のその後の対応についても非常に厳しい。ただ純粋に科学として見ると、STAP細胞というものをかなり肯定的に考えていらっしゃるような感じがします。あえて言うなら「STAP細胞はあります」ではなくて、「STAP細胞はあり《得》ます」というお立場だろうと思うんです。そのあたりをまず、米本さんの方からショートレクチャーのような感じでお話しいただけますか。

 米本 ご紹介いただきました米本です。これからちょっとお時間をいただいて、STAP細胞を私はどう見ているかを説明させていただきたい。たしか論文が出たのは、1月30日でしたかね……。

 尾関 1月30日ですね。

 米本 今となっては、山のような議論すべき課題があるのですが、むしろここでは、みなさんからご質問やご意見が出るに違いないような点は後に回して、たとえば、STAP細胞という名前の新しさや、STAP細胞が存在するのかという問題などについて話してみたいと思います。とくに当日の報道などは、STAP細胞の科学的意義の解説がほぼ皆無で、果たしてこれが先進国の科学報道なのか、私は大いに不満をもっております。

米本昌平氏拡大米本昌平氏

 まず基本的なことから確認しておきますと、STAP細胞の論文が出たネイチャーは、一般には超一流の科学雑誌ということになっています。だけど専門家から見ると、科学的に目立つものを載せ、なるべく読者を増やそうという商業主義が強く、純粋科学と商業主義をうまくミックスして業績を伸ばしている、そういうメディアです。

 そこに、二つの論文(本論文とそれよりは略式のレター)が解説付きで載りました。明らかに、ネイチャーの側はこれらの論文の話題性を意識している証拠です。

 生後6日目以前のマウスの脾臓のリンパ球の一種、T細胞を30分間、弱酸性の液に浸して、その後また通常の培養液に戻して、7日ほど培養すると、あらゆる組織に変換する能力(万能性)をもつ細胞ができたという論文が一つです。

 もう一つ、第2論文と言われるレターは、万能性の指標となるたんぱく質の遺伝子がどう読まれているかをチェックしています。万能性が獲得されたことを示す代表的なたんぱく質「Oct4」というもので、これが細胞内で読まれると、紫外線を当てたときに蛍光を発するように遺伝的改変をしてあります。

 細胞の万能性をチェックするには、それを胞胚という初期胚に注入してキメラマウスをつくって、どんな細胞に分化しているか確認します。つまり体のどの部分を担当できるかを確かめるのです。

 ところが第2論文によると、STAP細胞は移植された胞胚といっしょになっては胎盤までつくることができる、と書いてある。こんな例はまったく初めてで、STAP細胞は非常に変わった細胞であることになります。

 高等動物は、手が切断された場合、手先や指は再生しません。しかし、イモリだと生えてきます。すごい能力です。植物はもっとすごい。ニンジンはばらばらにして培養すると、いったん特徴のない塊になって、そこから根と芽が生えてきます。生物がもつこの不思議な能力を、再生と言います。この再生能力は高等哺乳類ではどんどん限定されてしまっていると考えられています。

 ただし哺乳類も臓器ごとでは、傷を受けるとその臓器を構成する組織を修理するために臓器ごとの「幹細胞」が隠れております。今回の小保方さんの実験での疑いは、論文にある万能性はもともと脾臓の中にわずかに含まれていた脾臓に関係する幹細胞だけを選択する作業に相当しているのではないか、というものです。

 完全に分化した細胞から万能性が復活したのではない、という疑いが強く漂っている。しかし、この論文自体、査読の段階でこの点を繰り返し指摘され、いろいろ工夫してきた跡が見えます。あると言うのは幹細胞を誤認しているだけではないか、この点がはっきりしないところです。

 現在の最先端の実験は、どんどんきわどいものにならざるを得ない。ところがよりにもよって、筆頭著者の小保方晴子さんの生データの扱いが、ものすごく雑であることが、論文の発表後、とくにネット上で次々指摘されるようになり、いまでは丸ごと信用しないのが良識的ということになっている。論文を撤回するかしないか、小保方さんとハーバード大学のバカンティ教授が最後まで抵抗したようですが、ネイチャーの編集側が一方的に削除するかもしれないことが伝えられ、それで撤回に応じることになったようです。

 だが、STAP細胞の革命性はどこにあったのか。それは、DNAを操作しないで万能性を獲得できる可能性を示した点です。教科書には、生物の反応はDNAが司令塔であることになっている。一度分化した細胞が分化前の状態に戻ることを「リプログラミング」と表現します。これまで万能性を回復させる実験は、核を移植するか、細胞のDNAの操作するしかなかった。核移植以外では、山中伸弥・京大教授が発見したiPS細胞がその唯一の例です。

 ともかく、DNAの操作によって万能性を回復するというものでした。ところが、 ・・・ログインして読む
(残り:約4770文字/本文:約7333文字)

全ジャンルパックなら本の記事が読み放題。
Journalismの記事も読めるのは全ジャンルパックだけ!


筆者

米本昌平、尾関章

米本昌平、尾関章 

・米本昌平(よねもと・しょうへい)
総合研究大学院大学教授。東京大学教養学部客員教授。1946年、愛知県生まれ。京都大学理学部卒業後、三菱化成生命科学研究所室長、科学技術文明研究所長などを経て現職。専門は科学史・科学論。臓器移植からDNA技術、気候変動まで幅広く発言。著書に『地球環境問題とは何か』(岩波新書)、『バイオポリテイクス』(中公新書)など。

・尾関章(おぜき・あきら) 科学ジャーナリスト。北海道大学客員教授。77年、朝日新聞社に入り、83年から科学記者。ヨーロッパ総局員、科学医療部長、論説副主幹などを務めて2013年に退職した。関心領域は基礎科学とその周辺。著書に『科学をいまどう語るか――啓蒙から批評へ』(岩波現代全書)、『量子論の宿題は解けるか』(講談社ブルーバックス)、共著に『量子の新時代』(朝日新書)。1週1冊のブログ「本読みby chance」を開設。