まとめ:尾関章
2014年08月08日
尾関 今日はもう一つ、これは米本さんじゃなければお話がうかがえない重要な話があります。研究者の倫理問題です。今回は、ノートの問題ですとかいろいろなことが言われていますけれども、これはここ数十年ぐらいの間に起こってきた一連のこと、米国のイマニシ=カリ事件であるとか、そういうようなものを受けて、いま世界的にスタンダードになりつつあるんだということでしょうか。
米本 小保方さんの実験ノートがものすごくグズグズだったというのは事実で、個人的な備忘録のようなものと言って良い。これをもって、小保方さんが悪いと切って捨てるのが今回の理研の論理です。だが、これが現在の日本大学院教育の産物であると覚悟すべきだと思います。早稲田がダメだというスケールの問題ではない。文科省の大学院拡張政策の結果、現在の日本の大学院教育は、研究者の卵として厳しく訓練するというより、お客様で、ともかく手取り足取り、論文を書かせて送り出すような現実は、正面切って聞けば絶対にそんなことはないというのですが、そう珍しくはない。
ではアメリカはどうかというと、1980年代末にイマニシ=カリ事件というのがあった。今回と生き写しの感じです。
ボルティモアという若くしてノーベル賞医学生理学賞をもらった研究者の研究室にいるイマニシ=カリというブラジル系日系人の女性が、ボルティモアと連名で、「セル」という第一級の専門誌に出した論文に関して、再現性がないと同じ研究室の白人の女性が言いだしたのですが、イマニシ=カリという人は、元のデータをほとんど出さず、対応が悪かった。このために大問題となりました。
ボルティモアはすごく力をもっていたため彼に対する反発も強く、ついに連邦議会で公聴会が開かれ、呼び出されることになった。ついにはシークレットサービスまでが出てきて、実験ノートをチェックする事態にまでなりました。
この結果、アメリカでは1990年代に入って、連邦研究助成の使い方に関して厳しいルールが確立されました。そして、実験ノートの使い方、実験結果の再現性のための原資料の提供の義務が決まりました。こうして実験ノートのチェックが厳しくなりました。
ここで重要なのは、アメリカでは、研究者倫理がここまで明確化され進んでいる、ということではありません。研究をするということは公的なお金を使うことで、スキャンダルが起こるのは免れません。問題はそのときの対応です。先進国は軒並み、スキャンダルを契機に研究管理のルールをはっきりさせ、徹底させてきました。データの質の確保、共著者の名前の資格と順位などというルールも、非常に明確になりました。
私は今回のスキャンダルは大変に好ましいことと思っています。これを契機に日本もやっと、合理的かつ機能的に研究を管理するルールを確立すればよいし、そうなるはずです。スキャンダルが起きて、たいへん合理的な管理の方法を確立するのが先進国、徹底的に隠すのが途上国です。だから、日本もしっかりやればいい。
一番危険なのは、こういうスキャンダルが起こると管理を強化しよう、しないとだめだという意見が席巻することです。役所は、自分たちの仕事が増えると内心喜んでいる。ここで大切なのは、文科省に余計な手順を増やすようなことを許さないことです。ともかく研究者主導で、バランスのとれたルールをうち立てないといけない。
尾関 そこのところでよろしいですか。ここに理研の外部有識者委員会の提言書があります。この中に、今のお話に符号する、そういう危機感を私もいくつかもつものがあります。たとえば、「CDB(再生研)は解体せよ」というくだりがあって、新しい再生研をつくるのならば、次の事項を実行し、うんぬんかんぬんというところに「真に国益に合致する組織とすべきである」というのがあるんです。これは米本さん、どう思われますか。いいんですか、国益。国益に合致していれば、それはそれでいいんだけれど、研究機関が……。
米本 かなり違和感があるよね。
尾関 ありますよね。
米本 科学はまったく国境とは無関係な真理追究をする人間の文化活動だという思想は、実は冷戦時代の理想で、これは西側の共産圏に対する圧力でした。ところが冷戦が終わって敵がいなくなった。冷戦直後のアメリカの状況認識は、東アジアに対抗する工業国家が出てきたというものでした。これ日本のことですけど。
それまで、アメリカの科学は国防と基礎研究の二本立てでしたが、
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