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続・「アビガン錠」はエボラ出血熱の画期的治療薬となり得るか?

武村政春 東京理科大学准教授(生物教育学・分子生物学)

 筆者は、ウイルスが生物の進化において重要なパートナーであったと考えているし、ウイルスと生物との境界はそれほど高い壁でふさがれているわけではないことを、事あるごとにしゃべったり書いたりしてきている。ウイルスの存在は、生物にとってじつは重要だ。

 とはいえ、筆者もヒトの一個体であることに変わりはないから、ヒトに害をなすウイルスに対して、「ぼくはアナタの味方です」などと、揉手をしながらすり寄っていくことはない。

 日本人としては、日本のメーカーが開発した「ファビピラビル」に、何とかエボラウイルスに対する強力な武器になってもらいたいと考えているわけだが、こうした薬剤が人体の正常な機能に及ぼす影響については、薬剤というものに必ずついて回る運命のようなものだから、避けて通ることは許されないのである。

 さて、ファビピラビルの標的物質であるRNA依存RNAポリメラーゼについて考えてみよう。

 前回も述べたように、RNA依存RNAポリメラーゼというのは、RNAを鋳型としてRNAを合成する酵素の総称である。私たち生物はDNAを遺伝子として持つので、その複製にはDNAを鋳型としてDNAを合成するDNA依存DNAポリメラーゼ(略してDNAポリメラーゼ)を使う。しかしRNAを遺伝子として持つウイルス(インフルエンザウイルス、エボラウイルスなど)の多くは、その複製にRNA依存RNAポリメラーゼを使うのである。

図
 これらの酵素の仲間は、大別すると4つに分かれる(図)。

 RNA依存RNAポリメラーゼ(図(1))、RNA依存DNAポリメラーゼ(逆転写酵素・図(2))、DNA依存RNAポリメラーゼ(略してRNAポリメラーゼ・図(3))、そしてDNA依存DNAポリメラーゼ(DNAポリメラーゼ・図(4))である。なお、図中の→は、合成されるDNAもしくはRNAを表し、その下の線が鋳型となるDNAもしくはRNAを表している。また図中の円は、鋳型の上で合成している酵素を表している。

 これらはすべて、共通祖先となるある酵素から進化したものであると考えられているが、その共通祖先は、「RNA依存RNAポリメラーゼ」であったとされている。もちろんそれは、今のRNA依存RNAポリメラーゼではない。今のRNA依存RNAポリメラーゼ、RNA依存DNAポリメラーゼ、DNA依存RNAポリメラーゼ、そしてDNA依存DNAポリメラーゼが祖先を同じくしていて、それが大昔のRNA依存RNAポリメラーゼだった、という話だ。

 何が言いたいのかと言うと、祖先が同じであり、またその触媒する化学反応も、核酸(DNAもしくはRNA)を鋳型として新たな核酸(DNAもしくはRNA)を合成すること自体は共通していることから、その活性中心の構造がどれもよく似ているということである。

 たとえば、(3)の酵素が、ほんのわずかの突然変異によって(4)の酵素になる、といったことが実際に実験的に報告されている。DNAもRNAも、またその材料であるデオキシリボヌクレオチドもヌクレオチドも、基本的にはお互いよく似ているので、そういったことが起こり得るのである。

 ファビピラビルの化学構造式を見ると、核酸の構成成分である塩基の構造によく似ている。もしファビピラビルがRNA依存RNAポリメラーゼが塩基を認識する部位に結合することで、その活性を阻害するのであれば、可能性として、ファビピラビルが、RNA依存RNAポリメラーゼ以外の酵素(すなわち(2)、(3)、(4))に作用することも、十分あり得るのではないだろうか。また、これはすでに報告されているが、ファビピラビルが通常の塩基に代わって複製中の遺伝子RNAに入り込んでしまうことで、合成エラーが起こり、遺伝子の突然変異頻度が高まり、ウイルスにとって致死的となる、というメカニズムも考えられている(文献1)。

 したがって、これはあくまでも筆者の推測にすぎないが、ファビピラビルの動物実験で見られたように、

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