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[2]常識破りの連続だったインフルワクチン報道~前橋リポートの凋落

高橋真理子 ジャーナリスト、元朝日新聞科学コーディネーター

 1994年の予防接種法の改正で、インフルエンザワクチンは義務接種からはずれた。その前年に出た記事では「接種率はすでに対象者の2割台に落ちており、現状を追認したかっこう」と説明している。集団接種に効果はないとした前橋市医師会の報告(前橋リポート)は厚生省研究班に受け入れられなかったものの、影響力は大きかった。

 こうしてインフルエンザワクチンは効かない、だから打つ必要はないというのが常識になった。ところが、97年暮れに香港で新型インフルエンザが発見され、ワクチン必要論が自然発生的に生まれ、広がっていく。一方で、特養ホームでインフルエンザが流行してお年寄りの死亡が相次いでいることが各地からの報道で明らかになった。

 98年2月16日付け朝日新聞の社説を全文引用する。

たかが風邪、ではない(社説)
 紀元前四百年ごろ、アテネはスパルタとのペロポネソス戦争に敗れた。敗因の一つはインフルエンザにあった、という。兵士たちがそれとおぼしき流行病にやられ、大勢死んだという話が残っている。
 そこまでさかのぼらなくても、大正時代の一九一八年から一九年のスペイン風邪は、空前絶後だ。全世界で患者六億人、死者二千三百万人。日本でも、国民の五人に二人に当たる二千百万人が発病し、約二十六万人が亡くなった。
 インフルエンザの潜在的な怖さは、いまも変わらない。厚生省によると、ことし一月後半から患者が急に目立ち始め、二月に入って爆発的に増えた。保育園児から中学生まで、昨年十月から八十八万人がかかり、全国で学級.学校閉鎖が相次いでいる。幼児やお年寄りに死者も出た。
 インフルエンザを「風邪の一種」と見くびってはいけない、と専門家はいう。
 急に高熱が出て頭痛や筋肉痛、だるさなどの全身症状に苦しむ。鼻水、せきも加わる。普通は一週間ほどで治るが、合併症を起こすと死に至ることも珍しくない。
 高熱が出たら、早めに医師に診てもらおう。医師たちには、当然のことながら、的確な診断と治療が求められる。「単なる風邪」と片づけて、手遅れにするようなことがあってはならない。
 私たちの日ごろの予防策も大切だろう。十分な栄養と休養をとり、体の抵抗力を高めておく。なるべく人ごみを避け、外から帰ったら手洗いとうがいをする。昔もいまも同じだが、まず、こういった心がけが予防の大切な第一歩だ。
 昔と違うのは予防注射があることだが、その効果はどの程度あるのだろうか。
 かつて、三歳から十五歳までの日本の子どもたちは毎年、インフルエンザの予防注射を受けていた。
しかし、九四年に予防接種法が改正されて、任意接種に変わった。健康な子どもたちに一律に接種する必要性はない、と判断されたからだ。
 全寮制の生徒を対象にした英国の研究では、予防注射を毎年受けた場合でも、受けないグループと比べてインフルエンザにかかる率は同じだった。かかりにくかったのは、自然感染した生徒たちだった。
 ワクチンはあっても、そのとき流行のインフルエンザに効くかどうかはそう簡単ではない。ウイルスが、しばしば姿を変えるからだ。それに応じてワクチンも変えなければならないが、製造に時間がかかる。
 結局、次の冬に流行するウイルスの型を予想してつくっている。予想がはずれれば、せっかくのワクチン接種も無意味になってしまう。新型ウイルスがとりわけ恐れられている理由は、ここにある。
 それでも、米国疾病管理センターの報告によると、ワクチンは発病や重態に陥る危険を低くする効果があるという。
 先進諸国では、高齢者をはじめ呼吸器や心臓の慢性病患者ら、いったんかかると重症化しやすい人たちに予防接種を勧めている。米国予防接種諮問委員会は、そうした人たちにうつす恐れのある医療関係者や家族にも、接種を勧めている。
 日本では、いま予防接種を受けるかどうかで、悩む人は多いだろう。
 現在見つかっているウイルスは大半がA香港型だ。予想通りなので、ワクチンは有効だと厚生省は言っている。
だが、どんな人がどんなときに受けたらいいのか、判断するための情報は少ない。厚生省は分かりやすく示してほしい。

 実は、これを書いたのは私だ。新型ウイルスにワクチンは無力と伝えながら、ワクチン不要論はとらずに先進諸国での接種勧奨についても紹介した。この時点で私は前橋リポートを正しいものと思い込んでいた。社説で言及しなかったのは、英国の研究が同じ主張をしていたからだ。

 この社説が出た翌99年、12月20日付朝日新聞に前橋リポートへの批判的意見が掲載された。

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