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ノーベル賞級の発見をする人工知能を開発せよ

問いを自ら設定し、人間と共生するアドバンスト・インテリジェンスへ

北野宏明 ソニーコンピュータサイエンス研究所代表取締役社長

 人工知能(Artificial Intelligence: AI)の能力が劇的に向上している。これには、三つの要因がある。一つは、膨大な計算量とデータ量を処理できるプロセッサーやメモリーが開発され、しかもそれが安価に大量に入手出来るようになったこと。第二に、大規模データにアクセスが可能となったこと。第三に、機械学習や統計推論、ヘテロなアルゴリズムを踏み合わせた推論などのアルゴリズムでのブレークスルーが起きたことである。

チェス、将棋、クイズショーを次々制覇

 1997年に、チェスの世界チャンピオンのカスパロフをIBMのDeep Blueが破った時には、大規模計算(打ち手の探索)、大規模データ(過去の全棋譜)、機械学習(盤面評価)の三つが重要な要素となった。これは、コンピューター将棋でも基本的には継承されたが、新たに複数のアルゴリズムを混合して、それらのコンセンサスで打ち手を決めるという複合推論手法が登場した。

2014年4月12日の将棋電王戦。敗れた屋敷伸之九段は、対局中、厳しい表情を崩さなかった=東京・千駄ケ谷の将棋会館、深松真司撮影

 チェスの時は、カスパロフが「人間はミスをするが、コンピューターはミスをしないし、疲れもしない」と敗因を語った。しかし、コンピューター将棋と人間の有段者との団体戦となった電王戦では、「どこを間違ったかわからないうちに負けてしまった」という発言となり、コンピューター側の圧勝となった。大晦日から始まった森下九段とコンピューター将棋プログラム「ツツカナ」との対局は、20時間を超えて、森下九段優勢で差し掛けとなった。しかし、コンピューター側がコンスタントに人間を圧倒するのは、時間の問題だろう。

 チェスや将棋は、規定が明確で、状況が限定されている問題に対するチャレンジであった。しかし、IBM WATSONが挑んだJeopardy!は、クイズショーというそれまでに比べてはるかに制約のゆるい問題へのチャレンジであった。ここでIBMのチームは、大規模データベースとともにインターネットからよりオープンなデータアクセスを可能とし、多くの推論アルゴリズムを並列に走らせる手法を導入した。さらに、人間の回答者との早押し競争でもあり、およそ0.7秒以内の回答の確度が一定に達した場合に押すというアルゴリズムとなった。これは、チェスなどに比べるとはるかに実世界に近い条件である。

 しかし、Jeopardy!も、要求されるのは、問われた問題に対して答えを見つけるということである。人工知能の歴史は、限定された状況で、人間のエキスパートを上回る回答能力を達成するチャレンジの歴史でもあった。

 面白いことに、現在、Advanced Chessというゲーム形式が登場している。これは、人間のプレーヤーと人工知能システムがチームを作ってチェスを指すというものである。現在のところ、このようなチームが、各々単独の場合よりも強いと言われている。知的活動における人間と人工知能の共生系の始まりとも言える。

チューリングテストも合格?

 人工知能が、人間並みの知能を有するかのテストとして有名なものに「チューリングテスト」がある。これはアラン・チューリングが1950年に発表した論文(Computing Machinery and Intelligence)で提案したテストで、試験者となる人間が、相手と遮断された状態でディスプレイとキーボードだけなど(チューリングは、当時の技術で、テレタイプなどを想定している)で会話をし、会話の相手が人間か計算機かの区別がつかなければ「計算機が人間並みの知能を持った」と考えるというものである。

 実際にこれをやってみるロブナー賞(Loebner Prize)がある。2014年6月にロンドンで行われたトライアルでは、ロシアのシステムが、13歳の少年という設定で、33%の確率で審査員がこのシステムと人間だと信じるに至ったという。これはチェスなどのような問題解決ではないという意味では面白いチャレンジであるが、この達成にどのような意義があるのかという議論もある。

 いずれにせよ、一定の状況で、人間と見分けのつかない応答を行うシステムの開発も視野に入ってきた。

新たな目標:生命科学研究をする人工知能

 米国人工知能学会(AAAI)は、2015年1月末にBeyond the Turing Test というworkshopを開催し、新たなチャレンジを設定する動きを見せている。私も招待講演を行う予定であるが、私の提案は

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