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朝日新聞、萎縮するな

メディアが角度を捨てたら民主主義は成立しない

下條信輔 認知神経科学者、カリフォルニア工科大学生物・生物工学部教授

 朝日新聞の「慰安婦」報道問題や、池上彰氏のコラム掲載中止問題を巡る第三者委員会報告が出た。朝日はその詳しい内容を12月23日付朝刊で公表した。遅きに失したとは言え、一面トップを含む12ページにわたる大特集で、今回は勇気をふるって決行した感がある。

拡大記者会見で報告する第三者委員会の中込秀樹委員長(中央)ら=22日午後、東京都港区、飯塚晋一撮影

 この間、他メディアや世論の朝日たたきはヒステリックで、心なき中傷や脅迫もあったらしい。「他のメディアだって多くが朝日の尻馬に乗って、同様の報道をしていたくせに」と反批判する声もあったが、多勢に無勢でかき消された。そうした状況の中で批判に正面から向き合ったことは、(危機管理上も今やこれしかオプションがなかったとはいえ)敬意に値する 。

 だが同時に、遅きに失したことによって、千載一遇のチャンスを逸したのでは、とも感じる。慰安婦問題にもっと早くから積極的に対応できていたなら、むしろメディアとして確固たる信用を勝ち得ることができのでは、と。

 筆者も大きな関心を持って報告書と関連紙面を読んだ。その個人的な感想を一言で言えば、「切り分けの難しい話だらけだな」というものだった。「切り分けが難しい」という意味は、歴史判断、 意思決定、危機管理のどれをとっても、ということだ。

おおむね公平な報告書だが・・

 今回の報告書を巡る特集記事は、非常に困難な状況の中で掲載された。「困難」の中身は、上記朝日たたきの文脈もあるが、より本質的な意味もある。というのは、ひとたび政治問題化した「歴史的事実」ほど、評価しにくいものはないからだ。ひとつには、言うまでもなく(済州島での強制連行などに関する)吉田証言の真偽という点がある。「偽」で固まるまでに時間がかかった上に、朝日がそれを認めるのも遅過ぎた。だがそれと同時に「朝日記事の国内外への影響を、どう評価するか」という点でも、判断が難しかった。実際、第三者委員会もこの点で意見が分かれ、両論併記の形となっている。

 切り分けが難しい、という意味では、たとえば1992年1月11日付の「軍関与」記事の評価もそうだった。報告書はこの記事について次のように述べている。「従前の国会答弁と相反する内容の資料が発見されたとして1面トップで掲載したこと自体には問題があったとは言えない」(第三者委員会報告書要約版、12月23日、朝日;以下同)。

 では何が問題だったかと言えば、「意図的だったかどうかは確認できない」ものの、日韓首脳会談のため宮沢喜一首相が訪韓する直前のタイミングだったことだ。「訪韓の時期を意識して慰安婦問題が政治課題となるよう企図して記事としたことは明らか」と指摘した。つまり記事の中身ではなく、出された政治文脈とタイミングが問題となった。

 全体として、報告書に示された批判は知り得た事実に基づいており、おおむね公平なものと感じた。他方、それで朝日新聞がメディアとして萎縮してしまうのでは、と筆者は心配する。 また周囲のマスメディア・世論も、短絡的にバッシングに走るのではなく、事態を冷静に多角的に捉えなくてはならない。

 この観点から「切り分けの難しい話」をあえて切り分けようというのが、本稿の趣旨だ。

「角度をつけること」自体は悪くない

 まったくの私見だが、記事に「(政治的な)角度をつけること」自体が悪いのではない。報告書には

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筆者

下條信輔

下條信輔(しもじょう・しんすけ) 認知神経科学者、カリフォルニア工科大学生物・生物工学部教授

カリフォルニア工科大学生物・生物工学部教授。認知神経科学者として日米をまたにかけて活躍する。1978年東大文学部心理学科卒、マサチューセッツ工科大学でPh.D.取得。東大教養学部助教授などを経て98年から現職。著書に『サブリミナル・インパクト』(ちくま新書)『〈意識〉とは何だろうか』(講談社現代新書)など。

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