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2015年「国際光年」はイスラム科学に光を

1000年前の「光学の父」イブン・アル・ハイサムは「近代科学の父」でもあった

高橋真理子 ジャーナリスト、元朝日新聞科学コーディネーター

 2015年は「国際光年」である。光科学技術の発展を目指して国連が定めた。そうか、それで昨年のノーベル物理学賞は発光ダイオードに授与されたのか、と思ったが、これはいわゆる「下衆(げす)の勘ぐり」というものだろう。ノーベル賞委員会が国連の活動にそれほどの関心を持つとは思えない。

国際光年のホームページ

 しかし、なぜ今年が「光年」なのか。これは、世界物理年(2005年=アインシュタインが3大論文を発表し「奇跡の年」といわれる1905年からちょうど百年)や、世界天文年(2009年=ガリレオ・ガリレイが初めて望遠鏡を夜空に向けた年からちょうど400年)ほどわかりやすくない。

 2011年の世界化学年は「マリー・キュリーのノーベル化学賞受賞から100年」だったが、ノーベル賞授与という人為的な出来事に対して周年を祝うというのはいささか違和感があった。人類にとって大事なのは授賞年ではなく、その業績が生まれた年であることは言うまでもないだろう。そもそも彼女は1903年にノーベル物理学賞を受け、1911年にフランス科学アカデミーから(女性を理由に反対する人たちがいたために)会員になることを拒絶され、さらに教え子ポール・ランジュバンとの不倫を書き立てる報道が過熱した最中に化学賞が決まったのだ。彼女にとって1911年はあまり思い出したくない年だったのではないか。

 本当は、各国の化学の学会の集まりである国際純正・応用化学連合(IUPAC)が創立100年を祝いたかったのだろうと思う。「世界物理年」があるなら「世界化学年」も、という対抗意識もあったかもしれない。だが、IUPAC100周年だけでは「弱い」と考えて、マリー・キュリーの化学賞受賞を引っ張り出したと想像する。フランス科学アカデミーはかつて女性を締め出しておきながら、こういうときだけ女性科学者を利用するのかと嫌みの一つも言いたくなるが、たとえ理由付けが苦し紛れであったとしても女性研究者に光を当てたのは世界化学年の功績だった。

イラクの10ディナール札に登場したイブン・アル・ハイサムの肖像

 さて、今年の光年である。国連の決議文は、2015年がいかに光科学の歴史と関係しているかを延々と説明している。1015年のイスラムの科学者イブン・アル・ハイサムの光の研究、1815年の

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