原石を見抜く能力こそが指導者に求められる
2015年03月09日
科学技術に関して優れた能力を持つ高校生の育成を目的とする「スーパーサイエンス・ハイスクール・プログラム」(全国で200校余の高校で実施)、理数系に興味を持つ高校生を大学環境で教育・研究指導する「グローバル・サイエンス・キャンプ・プログラム」(全国8大学で実施)等、次世代の理系人材育成のための様々な振興策が21世紀に入ってから特に活発に日本でも始められている。また、大学入試に関しても、中教審で「教育改革の要として入試の在り方を変えるべき」と提言され、東大も「新入生3100人のうち100人を特定の分野に突出した稀有な能力を有する異端児を推薦入学させる」と発表し、ペーパー試験の結果だけを基軸にして行われてきた日本の教育の在り方に風穴があけられようとしている。
欧米では高く評価されることもなかったペーパー試験システムが、戦後70年、度々改革の声が上がりながらも、日本で継続されてきた理由は、日本では試験に変わる能力評価法とそれに準拠した教育の在り方を確立できなかったことと、このシステムの中で教育を受けてきた日本人の多くに染み込んだ試験信仰の価値観が変わらなかったことにあるのではないだろうか。
2011年に米国のサイエンスライターが出版した『SCIENCE FAIR SEASON』(Judy Dutton 著 邦訳版『理系の子』横山啓明訳 文春文庫2014年)を読むと、科学者の卵の育くみ方について考えさせられることが多々ある。
米国では、中・高校生を対象としたサイエンスフェア(自由課題による科学作品コンテスト)が各地区で行われ、それらの優秀作品が競う全米最大のインテル国際学生科学フェア(ISFE)が毎年開かれている。この本は、科学フェアを取材したDunton氏が特に関心を持った11人の参加者・受賞者たちの取り組みと、彼らの人生について書かれた本だ。
この11人の中には小さい頃から理工系に稀有な能力を見せる突出した異端児もいて、そういうタイプの生徒たちの存在や指導の在り方は大変興味深い。しかし、それ以上に、そうでないタイプの生徒たちに関しても、日本の従来の教育システムでは見過ごされてしまうタイプなのではないかと考えさせられる部分が多い。たとえば、
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